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黄昏の華  作者: 奥村 葵
第一章 霧猫
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ep3.名前

『開口一番に偏見で物を語るか。なかなか面白い』

「面白くも何ともねえよ。お前は何だ、答えろ」


 霧猫と雪乃さんの間に、ただならぬ空気が流れている中、俺はいつの間にか舞さんにそっと腕を掴まれ、そのまま背後へと回されてしまっていた。


『そうだな……、私は私だ。今はそうとしか言えぬ』

「ふざけてんじゃねえよ」

『ふざけてはいないのだがな』


 霧猫は変わらない様子で顔を撫で、欠伸をしている。ただ、前に立つ雪乃さんから視線を逸らしていないのがわかった。

 この二人の間に割って入ろうとは思えない。それぐらいの険悪な雰囲気に、思わず身じろいでしまう。


『して、主らは先ほど、私のことを〝怪異〟と申していたが、それは真か?』

「……本気で言ってんのか?」

『生憎、冗談を言えるほどの教養は持ち合わせておらんのでな』


 どこか気の抜けた様子の雪乃さんは、そっと振り返って大きなため息をついた。


「念のため色々聞いたけど、本当っぽいね。全部」

「嘘はついていないんだね、わかったよ」


 入れ替わるように舞さんが霧猫の前へ向かい、腰を下ろして視線を合わせた。


「やあ。単刀直入に聞くね。君は敵かな?」


 その言葉に一瞬胸が激しく脈打った。そんな次元の話が出てくるなんて想像もしていない。それに、もし霧猫がそうだと答えたら一体どうなるのだろうか。

 時間にして数秒もなかったはずだが、膨大な量の嫌な考えが一瞬で頭に湧いていた。


 霧猫はというと、相変わらず落ち着いた様子だった。


『何を以って敵とするかが分からんのでな、答えられん』

「じゃあ聞き方を変えるね。人に危害は?」

『理由がない』

「この世に恨みは?」

『皆無だな』

「人を殺したい?」

『興味もない』


 舞さんの調子は変わっていない。優しい声色で、子守唄のようだ。ただ、それとはかけ離れた言葉の重みで、背筋が凍るようだった。

 そしてそれに物怖じせず、まるで効果がないらしい霧猫は涼しい顔のままだった。

 そんな霧猫のことを、舞さんは数秒見つめていると、一息入れてゆっくり立ち上がり、俺の方へと振り返った。

 さっきまでと同じ優しい笑顔を見せてくれるが、今の霧猫との応酬を見た後だと、その裏にある顔が見えなくて少し恐怖を覚えた。


「ねえ、始くんだっけ。彼(・)とはいつから一緒にいるのかな?」

「えっ、あの、夕方からだから……、数時間前からです」


 嘘はついていないはずだ。寝落ちしたとはいえ、あれから陽が落ちただけなのだから。


「なるほど。じゃあ最初に会ったのはいつかな」

「最初に会ったのは数日前で、場所は公園の植え込みです。黒い霧が気になって、毎日会いに行ってたんです。それで今日〝霧猫〟って呼んで——」


 雪乃さんは目を瞑りながら何度か相槌を打っていたが、突然「待って」と言葉を遮った。


「……あんた、名前をつけたの」

「え?はい」

「冗談キツいわよ……」


 雪乃さんは舌打ちをしながら舞さんの方を向いて、〝お手上げ〟と言わんばかりに両手を上げた。

 

 ——なにかまずい事でもしたのだろうか。

 

「知らなかったでは済まないんだけど、それ」

「雪乃ちゃん、始くんは正直に話してる?」

「そうね……、本当に何も知らなかったみたい。故意とは言えないわ」


 困惑する俺を放置して、雪乃さんと舞さんは顔を寄せて小声で話している。耳を傾けても何も聞こえない。

 しかし思い返してみれば、霧猫と名前をつけた時に、こいつは霧から猫へと変化した。名前をつけただけでこんなことになるのか?


『無知は時に罪となるぞ、始』

「お前が元凶だろお前が……」

『私は何もしておらぬ』

「こいつマジで……」


 霧猫と話していると、舞さんが俺の方を向いて静かに口を開いた。


「怪異に名前をつけるということはね、簡単にいえば怪異の存在を認めるってことなの」


 悪いことをしたつもりは全くないが、相当まずいことは会話の流れで察しがつく。

 俺は力無く、「はい……」とだけ答えてしばらく項垂れた。

 

「怪異に遭遇したら役所に連絡するって、学校で教えてる筈なんだけどね……」

「あんたもしかして、人の話聞かないタイプ?」


 相談するために連絡した筈なのに、こんなに詰められるとは思いもしなかった。

 怖い思いもして、恥ずかしい思いもして……。こんなことなら連絡しなければよかった。


『人の話を聞かないのか。それは所謂、社会不適合者というらしいぞ』

「おま、えげつないなマジで……」

『始は社会不適合者なのか?』

「お前マジでさぁ……」

「ぷっ……」


 吹き出すように笑ったのは、雪乃さんだった。さっきまでの喧嘩腰からは想像がつかない、年相応の可愛らしさが滲み出ている。

 その場の全員に見られていると気がつくと、咳払いをして素顔に戻った。


「で、この〝霧猫〟のこと、他に誰が知ってるの?社(・)会(・)不(・)適(・)合(・)者(・)くん」


 ……もう弁明する機会も与えられないらしい。このことは真に受けず、そして余計なことも言わず、ただ大人しく質問に答えている方がいいだろう。


「……多分、俺だけです。今日の今日ですし、夕方からは誰にも会ってないから」


 それには少し安心したのか、二人の表情がほんの少しだけ柔らかくなる。それを見て俺もようやく一息付けたような気がした。


「さて、じゃあどうしましょう」

「どう……って?」

「怪異は怪異だからね、それなりの対応はしないと。その為の〝怪異監視庁〟だからね」

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― 新着の感想 ―
登場人物たちの個性が短いやり取りの中でよく伝わってきますね! 軽い気持ちで「霧猫」と名付けた始の行動が持つ意味に緊張感が走ります。 シリアスな展開の中でも重くなりすぎないコミカルな空気感も素敵です…
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