ep16.異端
怯えてばかりいる香奈さんを、舞さんがなんとか宥める。すると、ようやく手の震えが収まり、落ち着きを取り戻した。
「さて……、じゃあ香奈ちゃんについて話そうか」
「は、はい!」
舞さんは、机に置いた書類の中程を指した。
「香奈ちゃんは多分ね、〝転成型怪異〟だと思うんだ〜」
「転成型……?」
「噂話を元にする体現型怪異とは違って、死んだ人がそのまま怪異になったものだよ」
「ほえ〜…………」
「香奈ちゃんってほら、もともと人って言ってたでしょ?」
「はい!」
確かに、それについては納得だ。姿も立ち振る舞いも、人らしすぎる。哲也さんも似たような感じだが、こちらはなんというか、ダメなところも含めて人らしい雰囲気がある。
それこそ、人と怪異の違いがわからなくなってしまうほどに。
――というか、えらく淡々と進めているが、それってつまり、香奈さんは元々人間だったってことだよな……?
「香奈ちゃんはさ、死ぬ前のこととか覚えてる?」
「何か祈ってた――ということは覚えてますけど……」
「それってどれぐらい前かな」
「さぁ〜……」
興味深い話になったからか、不意に霧猫が机の上に飛び乗り、香奈さんの方をじっと見つめた。
『死を覚えているのか?』
「霧猫ちゃん!いや、覚えてるって言ってもなぁ、ぼんやりと覚えてるぐらいだよ?」
『どんな感じなのだ?』
「そうだねぇ〜……、ちょっと寒くて、寂しくて……」
香奈さんは静かに連ねていく。どこでも聞くような言葉なのに、その時の目がどこか虚なのが効いたのか、妙に胸に響いた……。
「でもね、ちょっと嬉しかった」
『……嬉しかったのか?死が、か?』
「うん。よく覚えてるよ!」
感銘を受けたかのような霧猫は、礼をして満足そうに元の場所へと収まった。
しかし、死を嬉しいと感じたらしいこの香奈さんの感性、よくわからない。
そう思ったのは俺だけじゃない。その場の全員が、香奈のことをただ黙って見つめていた。
最初に沈黙を破ったのは舞さんだった。
「……今、嬉しかったって?」
「え?はい」
「――どういうこと?」
「えっと、だから、純粋に嬉しかったんです」
「いや、わかるよ?その、わかるんだけどさ……、いや、わからないなぁ……」
眉を顰めながら、舞さんはふたたび資料を指した。
「一応、転成型ってさ、死の直前に恨み辛みとか、未練だとか、そういった感情が強かった存在がなるんじゃないか――って説があるの。私もそう思ってる」
「ほえ〜」
「……香奈ちゃん、全部違うよねぇ」
「そうですねぇ」
この人からそんな負の感情は全く感じない。いや、だとしたらなんで怪異になったんだ……?
その疑問は俺が聞く前に、「なんで怪異になったの?」と、そっくりそのまま舞さんの口から出ていた。
「なんででしょ?」
「なんなの貴女……、異質も異質だよ?」
「お前一体何なんだよマジで」
「香奈さんって何者なんですか……?」
『香奈よ、お前は天然というものか?』
「ふえぇ〜……」
その場の全員が、香奈さんを変な目で見てしまう。理解不能な存在が今ここにいる。何より経験豊富そうな舞さんすら分かっていない。これは異常だろう。
当の本人も、それはそれで困惑している様子で、わたわたしている。
「まあ、なんというか……、少なくとも、出自は人間だから、転成型で間違いない、かなぁ……」
「あのー……」
「始くん?どうしたの?」
俺は手をそっと上げて、舞さんに質問をした。
「……こんな変な人が、俺の後輩になるんですか?」
再び、少し離れたデスクから雪乃さんの吹き出す声が聞こえた。
隣の香奈さんに至っては、〝変な人〟と言われたことでかなりショックを受けたらしく、口を大きく開けた、愕然とした表情で俺を見つめている。修一さんは――口を抑えて笑いを堪えていた。
「まあ〜、そうなるねぇ」
「嘘だろ……」
「始くん、結構キツいこと言うね……私、そんなに変?」
「変だよお前は……」
「んぃ〜………………」
間髪入れずに突っ込みを入れた修一さんに何も言い返せず、香奈さんは声にならない声をあげながら、赤くなった顔を両手で覆うしかなかった。
「じゃあ、気を取り直して――」
言いかけたところで、舞さんの視線が俺たちの背後へと飛んだ。振り返ると、ノートパソコンを持った雪乃さんが立っていた。
「どうしたの?」
「会議中なのにごめん。コレ、見てほしくて」
机の上に置かれた画面には、黒を基調とした掲示板らしきものが写っていた。
「これは?」
「匿名の掲示板。特に怪談とか取り扱ってるタイプのね」
仕事中に何見てるんだと思ったが、これも立派な怪異調査になるのだろうか……。
「その中で気になるものがあってね」
「どれどれ〜?」
舞さんに混じって、画面の内容を確認する。
〝町外れの古い洋館に出入りする少年を見かけた。幽霊かもしれないし、勇気のある人は確認してきてほしい〟――ざっくり纏めると、そんな内容だった。
「なんですかこれ、ただのホラ吹きじゃありません?」
「ふふ、案外バカにならないんだよね〜、こういうのもさ」
「どうしてですか?」
ただの暇つぶし、或いは創作。若しくは注目されたいがためのイタズラ投稿としか思えない内容に、どうして興味を示すのかわからない。
「今は掲示板のネタに収まってるけど、コレに尾鰭がついて、拡散して、噂になるまで広まったら?」
「……まさか」
「うん、もう立派な怪異が発生しても不思議じゃないね」
舞さんはにっこりと笑いながら立ち上がり、壁にかけてあった鍵をポケットに入れた。
「あれ、舞さん。一人で行くつもり?」
「だって雪乃ちゃんも哲也くんも、始くんも疲れてるでしょ?修一くんや香奈ちゃんも、まだ危ないだろうし」
「……まあそうだけど。一人の方が危なくない?」
雪乃さんの心配を他所に、舞さんはご機嫌なまま青いスカーフを首に巻いた。
「ふふん、大丈夫だよ。私、丸腰でも余裕だし」
それが強がりなのか、冗談なのか、それとも本気なのか。それを見極められるほど、俺はこの人を知らないのだと思い知らされる。
「ということで、ごめんね。ちょっと行ってくるよ」
「……あ、えと、じゃあ俺、どう帰りましょう……」
舞さんはピタリと動きを止める。背中から「しまった」と聞こえてくるようだった。
「……嫌じゃないなら、一緒に来る?」
「えーっと……、また髪に攫われたりしません?」




