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黄昏の華  作者: 奥村 葵
第四章 洋館
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ep17.騒霊

「ふう……、着いたよ〜」

「……ありがとうございました」


 舞さんの駆る車から降りて、まだ生きていることに感謝をした。ただ一つ解せないのは……


「じゃ、行こっか」

「……はい」


 到着したのが、件の洋館であることだ。

 行きたいとは言っていない。着いていくとも言っていない。だが、霧猫がそれを良しとしなかった。曰く『知見を広げるこれ以上ない機会だ』――と譲らなかったからだ。

 霧猫が来るなら始くんも一緒じゃないと――と、半ば無理やり連れて来られた。全く不本意である。


 とはいえ、想像していた調査――〝森のコックさん〟の時とはかなり違う。時刻も昼を少し過ぎた程度で、森の奥といえども道は見えるし、何より妙な匂いもしない。


 側から見れば、俺たちはただの登山に来た人だろう。勿論、服装はそれに見合わないものであるが。


「お、あれだね〜」


 先頭を行く舞さんは振り返り、こちらに手を振る。

 横に並んで見てみると、白と緑が入り混じる、大きな洋館が現れた。


「おっきいねえ、相当お金持ちだったんだろうね」

「そうですねぇ……」

『ほう……、見事だな』


 まるで美術館のような佇まいに息を呑みながら、前へと進む。門のようなものは開けっぱなしになっていて、簡単に庭へと入ることができた。


「人の出入りは、確かにあるみたいだね」

「わかるんですか?」

「ほら、よく見てごらん」


 足元を見ると、踏み固められた草木によってできた道が、館へと真っ直ぐ続いており、人の往来があったことを容易に想像させる。


「こりゃ作り話じゃなく、実話ってパターンもあり得るかもね」

「つまり……、本当に誰か居るかもしれないと」

「そういうこと〜」


 そんなことを気にしながら進んでいくと、館の入り口へと辿り着いた。

 壁面をよく見ると、緑と白のペイントだと思っていたのは、白い壁に蔦が張り付いていただけだと分かった。相当放置されているらしい。


「じゃ、入ろっか」

「いいんですか?不法侵入じゃ……」

「まあ監視庁の特権だねぇ〜」


 引き返すつもりはないらしい舞さんは、ノックをしてから扉に手をかける。

 予想通りというか、鍵は掛かっていない。重厚な音を響かせながら、館の扉はゆっくりと開いた。


「お邪魔しまーす」

「うわ、なんだコレ……」


 想像通りの広いエントランスが出迎える。だが最初に目に入ったのは、天井から落ちたであろうシャンデリアの残骸と、その下敷きになっている人の白骨だった……。

 辺りを見回しても、荒らされたような跡があちこちにある。高そうなカーペットはひっくり返っているし、壁にかけられた絵画は落ちたり、若しくはズレていたり。とても普通とは言えない。


「事件現場じゃないですか……」

「何で誰も気づかなかったんだろうね〜」


 パッと見ただけでも、強盗か何かが来たと思ってしまう。

 だが、これだけの被害があって、本当に誰も気づかなかったのだろうか。


「うわぁ、見てよこれ。埃とかすごいことになってるね」


 中央にある大きな階段の手すりを指でなぞった舞さんは、その指先に着いた埃をこちらに見せてくる。

 なかなか見ない量の埃だが、この広さのせいか息苦しさはあまり感じない。陽の光が大きな窓やら天窓から射し込んでいるのもあるかもしれない。


 やっぱり、誰も居ないのだろうか――と思った矢先、開けっぱなしにしていた扉が音を立てて閉じられた。


「……舞さんが閉めた――訳ないですよね」

「ふふ……、まさか。風か何かじゃ――」


 カタカタ――と、壁にかけられた絵画が一人でに動き出す。それに驚いた俺たちを差し置いて、床に落ちた花瓶が宙に浮いたり、間接照明が明滅しだした。


「ちょちょちょ、え、何、なに!?」

「へぇ……、なかなか面白いねぇ」

『うむ、実に興味深い』

「何が!!?」


 この中で怖がっているのはどうやら俺だけらしい。舞さんはこの現象を観察しているし、霧猫はアトラクションでも楽しむように尻尾を立てながら回っている。


 部屋の空気が暗くなったように錯覚したとき、遠くから何か、ポーン……という不快な音が鳴り響き、俺たち全員は動きを止められた。


「……今の音、ピアノかな」

「にしては随分嫌な音でしたけど!?」

『調律とやらが狂ってるのだろう』


 不快な音はその後も鳴り続ける。とても曲とは言えない、不安感を煽りに煽るようなその不規則な音の羅列を聞かされ、ついに眩暈までしてしまう。


「……これポルターガイストってやつじゃないんですか!?」

「お、流石だね始くん。よく見てるねぇ」

『これがポルターガイストか。ハハ、また一つ賢くなったぞ』

「呑気だなぁお前は!?」

『何を言う。そのポルターガイストが私達に何かしたか?』


 ――霧猫も舞さんも、ただ怯えていないというより、〝何もされていない〟としか捉えていないらしい。肝が据わっているなんて話じゃない。


「……誰かいるの」


 その声が聞こえた途端、館の全ての動きが止まり、浮いていたものは静かに元の場所へと収まる。


「え、今の舞さんの声ですか?」

「少年の声は私出せないよ〜」

「……霧猫な訳ないよな」

『当然だ』


 静寂に包まれ、耳鳴りが聞こえるような空間に再び、「帰らないの?」と、さっきと同じ声が響いた。


「…………とりあえず、始くんと霧猫くんは、私から離れないでね〜」

「大丈夫です大丈夫です離れません絶対着いていきます」


 俺は舞さんの背中に張り付くように回り込み、その陰から周りを見回すしかなかった。


「さて、調査開始といこうか」

『うむ』

「はい……」


 ゆっくりと歩き出す舞さんに隠れながら、館の奥へと向かった。

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