ep13.立場
凛さんの部屋を三人――と一匹で後にする。
「……そういえば色々聞きたいことがあったんですけど」
「あー……、覚えてたのね」
雪乃さんはあまり話したくない様子だった。とはいえやはり、気になって仕方がない。
嘘がどうとか、本音だとか、何故そんなことが分かるのか、恐る恐る聞いてみた。
「……そうね、もう少し経ったら教えてあげる」
「そう、ですか……」
「そう落ち込まないで。別に嫌とかじゃなくて、お前のためを思って言ってるぐらいだから」
「俺のため……?」
雪乃さんは静かに頷いて、そのまま前を向いてしまった。
「今日は遅い。泊まり込み用の部屋が空いてるから、今日はそこで過ごして」
なんだか煙に巻かれたような気がするが、この疲労感は誤魔化しが効かなくなってきている。ここは大人しく休ませてもらおう。
「じゃあ、最後に一つだけ……」
「何?」
「シャワーってあります……?」
◆◆◆
外泊用の部屋の入り口には、〝滞在室〟というプレートが貼られている。
中に入って真っ先にシャワーを確認するが、しっかり完備されていて胸を撫で下ろした。
部屋の奥へと向かうと、滞在室と呼ぶにはあまりにも整った様子で、それこそドラマなんかで見る、ビジネスホテルの一室そのものだった。
『ほう、ほう……。柔らかい。心地良いなこれは』
「それはベッド。毛布もふわふわだろ」
『うむ。特にこの枕、まるで浮いているようだ』
「それ俺の枕なんだけど……」
『だからと言って、私に何も無いというのも随分悲しい話ではないか?』
「まぁー……」
妙に賢い上、見た目も猫だから反論ができそうでできない。しかしそんな事はもういい、とにかく染みついた悪臭を落としたい一心で服を脱ぎ、そのままシャワーへと向かう。
シャワーを浴びていると、今日のことを色々と思い出してしまう。
森のコックさん、あれは結局何がしたかったのか。そして、男が殺して放置したという遺体についてもだ。
森のコックさんは、体現型。つまり噂話からという話だったが、それこそ噂に聞くような動きは一つも見られなかった。そもそも今日遭遇したのは、本当にそいつだったのだろうか。
ふと、指に絡まる髪を見る。なんて事ない日常の一端の筈だが、僅かな不快感を覚えてしまう。
『始よ、そろそろ代わってはくれないか』
「……ああ、ごめん」
着いてきていた霧猫にシャワーを浴びせると、さぞ気持ちよさそうな顔で身をブルブルと震わせている。
そういえば猫って水が苦手みたいな印象があったが、こいつには無さそうだ。猫らしい仕草と、猫らしくない特徴を併せ持つ、やっぱり不思議なやつだ。
臭いもマシになったかと思った頃、シャワー室を出て備え付けのローブに着替え、そのまま布団に潜り込む。霧猫に枕を奪われる前に頭を置くと、仰向けに寝る俺の胸に座り込み、不満に塗れた表情を浮かべながら、じぃ……と見つめてきた。
「なんだよ、俺が一番キツかったんだから許してくれよ」
『…………仕方あるまい』
「よっしゃ」
『一つ貸しだな』
「えぇ〜……」
霧猫は鼻で笑うようにすると、そのまま体を丸めて眠り出した。それを見ると漸く一日が終わった気がして、途端に猛烈な眠気に襲われてしまう。争う間もなく、俺はそれに飲み込まれてしまった……。
◆◆◆
部屋から差し込む光に目を眩ませて、俺は目を覚ました。時刻は八時過ぎだ。
「えっと……。あー、そうだった」
一瞬、今まで長い夢を見ていたような気がしたが、雑に脱ぎ捨てていた服を見て現実を突きつけられた。
『起きたか』
「ああ、おはよ……」
「おはよう、始くん」
跳ねるように驚いた俺を見て笑ったのは、凛さんだった。
部屋の隅に置かれていた椅子にちょこんと座って、俺が起きるのを待っていたらしい。
「りりり、凛さん!?」
「朝からごめんね。学校には私たちから手を回してるから安心して」
それを聞いてハッとした俺はすぐにスマートフォンを取り出す。今日は平日……。学校、行きそびれてしまった……。
「始くん、不用心だね」
「……え、え?」
「鍵、開けっ放しだったよ」
それを聞いて鳥肌がたった。思い返すと、確かに鍵をかけた記憶がない。ここが監視庁内で本当に良かった……。これを家でやっていたら、どうなっていたことか……。
「昨日の件、あれから纏まったから報告したかったのと、君からも聞かないといけないことがあってね」
凛さんは、俺に缶コーヒーを差し出し、自分用のものも飲みながらゆっくりと話してくれた。
〝森のコックさん〟については、今後も監視を続ける方針に定まったこと。
例の男については、監視庁は関与せず公安に一任した事。
監視の件はわかるが、例の男についてはどうしても理解できない。
「なんで放っておくんですか、仮にも殺人犯かもしれないんですよ?」
「そうだね」
「……〝怪異じゃないから〟とか、そんな理由なんですか」
「平たく言えば、そうなるね」
「…………」
俺は、どこかやるせなさを感じてしまう。怪異じゃないからって、無視して良い訳がない。尚更、あの時何もできなかった自分に腹が立った。
「そんな険しい顔をしないで」
「でも……!」
「怪異も人も対処してたら、大変でしょ?だから、公安と手分けしてるだけ。無視してる訳じゃないから、そこは安心して」
「……わかりました」
凛さんの言うことも一理ある。舞さんの言う通り、監視庁は、あくまで怪異を監視する組織であって、警察でも正義の味方でもないということだ。
「でもね、怪異から人を守ることはできる。だから、頑張ろうね」
「わかりました」
凛さんは僅かに笑みを浮かべ、蛍光黄緑のネクタイをクイ、と整えながら、次の話題に切り替えた。
「昨日の二人、修一くんと香奈ちゃん。覚えてるよね」
「ええ、まあ勿論」
「あの二人、ここで雇う事になったわ」
「へぇ……。え?」
「ん?」
雇うという話はまあ、修一さんは怪異と一緒にいたぐらいだからわかる。だが香奈さんはどういうことだろうか。あの人は怪異じゃなかったか?
その違和感と疑問はそのまま言葉になり、凛さんに向けられた。
「……あれ、舞ちゃんから何も聞いてない?」
「聞いてないです……」
「……それこそホラ、聞いてなかったとかじゃなくて?」
「いや、ないと思います」
こんなところで変な自信は持ちたくないが、今回は確かに聞いていない筈だ。
「監視庁には怪異もいるよ」
「…………え?」
「霧猫くんみたいな異形も、哲也くんみたいな人型も」
「あー、なるほど」
それは確かにそうだ。霧猫もある意味雇われているようなものだ……。
――いや待て、今何か変じゃなかったか?
「哲也さんみたいな……って?」
「舞ちゃんも雪乃ちゃんも意地悪ね……」
「え、え?」
「彼、怪異だよ」




