↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の華  作者: 奥村 葵
第三章 差異
13/17

ep13.立場

 凛さんの部屋を三人――と一匹で後にする。


「……そういえば色々聞きたいことがあったんですけど」

「あー……、覚えてたのね」


 雪乃さんはあまり話したくない様子だった。とはいえやはり、気になって仕方がない。

 嘘がどうとか、本音だとか、何故そんなことが分かるのか、恐る恐る聞いてみた。


「……そうね、もう少し経ったら教えてあげる」

「そう、ですか……」

「そう落ち込まないで。別に嫌とかじゃなくて、お前のためを思って言ってるぐらいだから」

「俺のため……?」


 雪乃さんは静かに頷いて、そのまま前を向いてしまった。


「今日は遅い。泊まり込み用の部屋が空いてるから、今日はそこで過ごして」


 なんだか煙に巻かれたような気がするが、この疲労感は誤魔化しが効かなくなってきている。ここは大人しく休ませてもらおう。


「じゃあ、最後に一つだけ……」

「何?」

「シャワーってあります……?」


 ◆◆◆


 外泊用の部屋の入り口には、〝滞在室〟というプレートが貼られている。

 中に入って真っ先にシャワーを確認するが、しっかり完備されていて胸を撫で下ろした。

 部屋の奥へと向かうと、滞在室と呼ぶにはあまりにも整った様子で、それこそドラマなんかで見る、ビジネスホテルの一室そのものだった。


『ほう、ほう……。柔らかい。心地良いなこれは』

「それはベッド。毛布もふわふわだろ」

『うむ。特にこの枕、まるで浮いているようだ』

「それ俺の枕なんだけど……」

『だからと言って、私に何も無いというのも随分悲しい話ではないか?』

「まぁー……」


 妙に賢い上、見た目も猫だから反論ができそうでできない。しかしそんな事はもういい、とにかく染みついた悪臭を落としたい一心で服を脱ぎ、そのままシャワーへと向かう。


 シャワーを浴びていると、今日のことを色々と思い出してしまう。


 森のコックさん、あれは結局何がしたかったのか。そして、男が殺して放置したという遺体についてもだ。

 森のコックさんは、体現型。つまり噂話からという話だったが、それこそ噂に聞くような動きは一つも見られなかった。そもそも今日遭遇したのは、本当にそいつだったのだろうか。


 ふと、指に絡まる髪を見る。なんて事ない日常の一端の筈だが、僅かな不快感を覚えてしまう。


『始よ、そろそろ代わってはくれないか』

「……ああ、ごめん」


 着いてきていた霧猫にシャワーを浴びせると、さぞ気持ちよさそうな顔で身をブルブルと震わせている。

 そういえば猫って水が苦手みたいな印象があったが、こいつには無さそうだ。猫らしい仕草と、猫らしくない特徴を併せ持つ、やっぱり不思議なやつだ。


 臭いもマシになったかと思った頃、シャワー室を出て備え付けのローブに着替え、そのまま布団に潜り込む。霧猫に枕を奪われる前に頭を置くと、仰向けに寝る俺の胸に座り込み、不満に塗れた表情を浮かべながら、じぃ……と見つめてきた。


「なんだよ、俺が一番キツかったんだから許してくれよ」

『…………仕方あるまい』

「よっしゃ」

『一つ貸しだな』

「えぇ〜……」


 霧猫は鼻で笑うようにすると、そのまま体を丸めて眠り出した。それを見ると漸く一日が終わった気がして、途端に猛烈な眠気に襲われてしまう。争う間もなく、俺はそれに飲み込まれてしまった……。


 ◆◆◆


 部屋から差し込む光に目を眩ませて、俺は目を覚ました。時刻は八時過ぎだ。


「えっと……。あー、そうだった」


 一瞬、今まで長い夢を見ていたような気がしたが、雑に脱ぎ捨てていた服を見て現実を突きつけられた。


『起きたか』

「ああ、おはよ……」

「おはよう、始くん」


 跳ねるように驚いた俺を見て笑ったのは、凛さんだった。

 部屋の隅に置かれていた椅子にちょこんと座って、俺が起きるのを待っていたらしい。


「りりり、凛さん!?」

「朝からごめんね。学校には私たちから手を回してるから安心して」


 それを聞いてハッとした俺はすぐにスマートフォンを取り出す。今日は平日……。学校、行きそびれてしまった……。


「始くん、不用心だね」

「……え、え?」

「鍵、開けっ放しだったよ」


 それを聞いて鳥肌がたった。思い返すと、確かに鍵をかけた記憶がない。ここが監視庁内で本当に良かった……。これを家でやっていたら、どうなっていたことか……。


「昨日の件、あれから纏まったから報告したかったのと、君からも聞かないといけないことがあってね」


 凛さんは、俺に缶コーヒーを差し出し、自分用のものも飲みながらゆっくりと話してくれた。

 〝森のコックさん〟については、今後も監視を続ける方針に定まったこと。

 例の男については、監視庁は関与せず公安に一任した事。

 監視の件はわかるが、例の男についてはどうしても理解できない。


「なんで放っておくんですか、仮にも殺人犯かもしれないんですよ?」

「そうだね」

「……〝怪異じゃないから〟とか、そんな理由なんですか」

「平たく言えば、そうなるね」

「…………」


 俺は、どこかやるせなさを感じてしまう。怪異じゃないからって、無視して良い訳がない。尚更、あの時何もできなかった自分に腹が立った。


「そんな険しい顔をしないで」

「でも……!」

「怪異も人も対処してたら、大変でしょ?だから、公安と手分けしてるだけ。無視してる訳じゃないから、そこは安心して」

「……わかりました」


 凛さんの言うことも一理ある。舞さんの言う通り、監視庁は、あくまで怪異を監視する組織であって、警察でも正義の味方でもないということだ。


「でもね、怪異から人を守ることはできる。だから、頑張ろうね」

「わかりました」


 凛さんは僅かに笑みを浮かべ、蛍光黄緑のネクタイをクイ、と整えながら、次の話題に切り替えた。

 

「昨日の二人、修一くんと香奈ちゃん。覚えてるよね」

「ええ、まあ勿論」

「あの二人、ここで雇う事になったわ」

「へぇ……。え?」

「ん?」


 雇うという話はまあ、修一さんは怪異と一緒にいたぐらいだからわかる。だが香奈さんはどういうことだろうか。あの人は怪異じゃなかったか?

 その違和感と疑問はそのまま言葉になり、凛さんに向けられた。


「……あれ、舞ちゃんから何も聞いてない?」

「聞いてないです……」

「……それこそホラ、聞いてなかったとかじゃなくて?」

「いや、ないと思います」


 こんなところで変な自信は持ちたくないが、今回は確かに聞いていない筈だ。


「監視庁には怪異もいるよ」

「…………え?」

「霧猫くんみたいな異形も、哲也くんみたいな人型も」

「あー、なるほど」


 それは確かにそうだ。霧猫もある意味雇われているようなものだ……。

 ――いや待て、今何か変じゃなかったか?


「哲也さんみたいな……って?」

「舞ちゃんも雪乃ちゃんも意地悪ね……」

「え、え?」

「彼、怪異だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。