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黄昏の華  作者: 奥村 葵
第二章 怪異
12/17

ep12.実直

 目の前の元気な女性、香奈さんは自らを怪異と言った。だがその姿はあまりにも人だ。

 姿こそ見ていないものの、今さっき遭遇した〝森のコックさん〟のような、明らかな異常が見当たらない。それこそ、怪異と言われても冗談としか思えない。

 だが、隣の修一さんはそれを否定しようとしない。


「舞さん、あの二人の言葉、信じていいよ。嘘はついてないっぽいから……」


 雪乃さんが後ろから告げる。俄かに信じがたいが、この人が言うのなら間違いないのだろう。

 そして、それを聞いた舞さんは再び、ゆっくりと二人へと近づく。


「へぇ……、怪異なんだ。どうしてこんなところにいるのかなぁ?」

「へ?いやあの、さっき、調査で来た――って言いましたけど……?」

「鈍感だなぁ〜。〝どうして怪異がここに居るの?〟って意味なんだけどね〜」


 香奈さんはその黄色い目を大きく開き、初めて身を引いた。


「え、え?へ?待っ、ちょ……、私何かやっちゃいました……?」

「そうだねぇ、色々と話は聞かないとねぇ。修一くんもだよ?」

「えっ俺も?」

「香奈ちゃんに名前付けたの、多分君だよね」


 ……そうだ、怪異が存在しているってことは、名付けた人がいるって事だ。


「まあ一応そうですけど」

「……何?その一応って」

「いや、まあ……」


 何か含みがある言い方が気になるが、舞さんは構わない様子だった。


「じゃあ香奈ちゃん」

「げっ、なんですか……?」


 香奈さんの中で、既に舞さんに対する苦手意識は出来上がってしまったらしい。顔がもう強張って仕方がない様子だ。

 

「さっきの質問の続きだよ。人に危害は?」

「き、危害?だ、大丈夫だと思います!」

「この世に恨みは?」

「な、ないですないです!」

「人を殺したい?」

「ないないないない!」


 これも前に聞いた質問だ……。香奈さんは猛烈な勢いで首を横に振っている。


「……雪乃ちゃん的には、どう思う?」

「清々しいほどの本音……かな。嘘も隠し事も嫌って話、マジかもね」

「ふうん……」


 どこか腑に落ちないまま、舞さんは香奈さんから視線を逸らす。そしてそのまま、修一さんの方へと向かい直した。


「修一くんは、いつから香奈ちゃんと居るの?」

「もう五年……ぐらい経ちますかね」

「……えっ、五年?」


 初めて、舞さんの背中に戸惑いが見えた。


「五年前って……、えっと、この姿の香奈ちゃんと、ずっと一緒にいたってこと?」

「はい、そうですけど……、それが?」


 この困惑する様子は、舞さんの他にも雪乃さんや哲也さんにも見られた。何もわかっていないのは俺と霧猫、あと修一さんだけらしい。


「君、なんだか面白いね」

「……いや全然面白くないですよ」


 舞さんは数秒間、じっと修一さんのことを見つめたまま動かなかった。しばらくして、こちらへ振り返った時の表情は、いつもの柔らかい笑顔だった。

 

「みんなー、今日は帰ろっか」

「……え、この流れで?」

「だって森のコックさんも、これ以上追えないでしょ?調査はできたんだし大丈夫だよ」


 それもそうかと頷いたとき、舞さんは「それに」と付け足した。


「この二人からはじっくりと話を聞く必要があるし。ね?香奈ちゃん」

「ヒッ」


 忍び足で去ろうとしていた香奈さんは、名前を呼ばれた途端、蛇に睨まれた蛙のように身を縮こめた。


「監視庁的にも、流石に二人を放置はできないからさ〜。報告ついでに、本庁に連行するけど、勘弁してね〜」

「ひぃ……、すすす、すみません、何もしませんしてません、だから命だけは……」

「…………まあ、対応次第だね」

「あわわわわ…………」


 慌てふためく香奈さんを見ていると、調子が狂う気がする。

 それを横目で見ている修一さんは、何か遠くを見つめるような、虚な目をしているのが気になった。


「じゃあ、みんな帰ろっか。さ、車に戻るよ〜」

『ふむ、今一度楽しめそうだな』

「嫌なこと思い出させんなよ……」


 ◆◆◆


 帰りの運転はかなり落ち着いていて、疲れていたこともあり、道中眠ってしまった。

 結果、酔うこともなく到着した。


 車内から降りた六人と一匹は、そのまま夜闇に佇む本庁へと入る。

 中は流石に閑散としているが、それでも最低限の人はいるらしい。何度か挨拶をしているうちに、凛さんの部屋の前へとたどり着いた。


「凛ちゃん、入るよ〜」


 外は日が落ちている。時刻もかなり遅く、もう日付が変わるところまできていた。そんな時間まで起きているとは思わないが、流石は統括局長といったところだろうか。


「………………」

「凛ちゃん、ただいま〜」

「………………」


 全然そんなことはなかった。顔の横で不自然に腕を立てたまま、頭だけデスクに突っ伏している。


「凛ちゃ〜ん」

「…………ッ」


 再三の声に漸く目を覚ました凛さんは、目を瞬かせてこちらを向いた。


「……あら、ごめんなさい。寝てしまってたみたいで」

「いいんだよ〜、こちらこそ急にごめんね。ちょっと急ぎの報告があって」

「報告……?」


 そう言って、舞さんは付いてきた修一さんと香奈さんを呼び出し、凛さんの前へと立たせた。


「この御二方は?」

「調査現場で遭遇したんだ〜」

「そう……。初めまして、こんばんは。私は怪異監視庁統括局長の矢坂凛です」

「……暁修一です」

「みみみ、蜜坂香奈です……。わ、悪い子じゃないです、何もしてません!だから、だから命だけは…………」


 凛さんは頭に疑問符がついているのが分かるほど、首を傾げた。


「ここに連れてきたってことは、怪異絡みってことだよね」

「そうだよ。この香奈ちゃん、少なくとも五年前から怪異なんだって」


 それを聞いた凛さんも、やはりみんなと同じように困惑した様子で、香奈さんのことをじっと見つめた。


「随分と人に馴染んでいるね。大丈夫だよ、怪異にも色々あると思うから」

「…………えっと、それってつまり、私は助かるってこと、ですか……?」

「助かるかどうかは、少しお話しして考えましょう。コーヒーは飲める?」


 そっと立ち上がった凛さんは、そのまま近くのバリスタへと向かいながら二人に問いかけた。

 

「は、はい!頂戴します!」

「……ありがとうございます」


 凛さんはカップを三つ用意し、コーヒーを淹れ出した。


「まずは二人の話を聞こうか。悪いんだけど、舞ちゃんには残ってほしいかな。雪乃ちゃんと哲也くん、あと始くんは解散でいいよね」

「大丈夫だよ〜」

「ありがとう。じゃあ、そういうことだから。三人とも、遅くまでお疲れ様。ゆっくり休んで」


 気になることはたくさんあるが、今この場に残ってしまったら、それこそ帰る時期を見失う気がする。ここは悪いとは思いつつも、お言葉に甘えて帰らせてもらおう……。

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