ep12.実直
目の前の元気な女性、香奈さんは自らを怪異と言った。だがその姿はあまりにも人だ。
姿こそ見ていないものの、今さっき遭遇した〝森のコックさん〟のような、明らかな異常が見当たらない。それこそ、怪異と言われても冗談としか思えない。
だが、隣の修一さんはそれを否定しようとしない。
「舞さん、あの二人の言葉、信じていいよ。嘘はついてないっぽいから……」
雪乃さんが後ろから告げる。俄かに信じがたいが、この人が言うのなら間違いないのだろう。
そして、それを聞いた舞さんは再び、ゆっくりと二人へと近づく。
「へぇ……、怪異なんだ。どうしてこんなところにいるのかなぁ?」
「へ?いやあの、さっき、調査で来た――って言いましたけど……?」
「鈍感だなぁ〜。〝どうして怪異がここに居るの?〟って意味なんだけどね〜」
香奈さんはその黄色い目を大きく開き、初めて身を引いた。
「え、え?へ?待っ、ちょ……、私何かやっちゃいました……?」
「そうだねぇ、色々と話は聞かないとねぇ。修一くんもだよ?」
「えっ俺も?」
「香奈ちゃんに名前付けたの、多分君だよね」
……そうだ、怪異が存在しているってことは、名付けた人がいるって事だ。
「まあ一応そうですけど」
「……何?その一応って」
「いや、まあ……」
何か含みがある言い方が気になるが、舞さんは構わない様子だった。
「じゃあ香奈ちゃん」
「げっ、なんですか……?」
香奈さんの中で、既に舞さんに対する苦手意識は出来上がってしまったらしい。顔がもう強張って仕方がない様子だ。
「さっきの質問の続きだよ。人に危害は?」
「き、危害?だ、大丈夫だと思います!」
「この世に恨みは?」
「な、ないですないです!」
「人を殺したい?」
「ないないないない!」
これも前に聞いた質問だ……。香奈さんは猛烈な勢いで首を横に振っている。
「……雪乃ちゃん的には、どう思う?」
「清々しいほどの本音……かな。嘘も隠し事も嫌って話、マジかもね」
「ふうん……」
どこか腑に落ちないまま、舞さんは香奈さんから視線を逸らす。そしてそのまま、修一さんの方へと向かい直した。
「修一くんは、いつから香奈ちゃんと居るの?」
「もう五年……ぐらい経ちますかね」
「……えっ、五年?」
初めて、舞さんの背中に戸惑いが見えた。
「五年前って……、えっと、この姿の香奈ちゃんと、ずっと一緒にいたってこと?」
「はい、そうですけど……、それが?」
この困惑する様子は、舞さんの他にも雪乃さんや哲也さんにも見られた。何もわかっていないのは俺と霧猫、あと修一さんだけらしい。
「君、なんだか面白いね」
「……いや全然面白くないですよ」
舞さんは数秒間、じっと修一さんのことを見つめたまま動かなかった。しばらくして、こちらへ振り返った時の表情は、いつもの柔らかい笑顔だった。
「みんなー、今日は帰ろっか」
「……え、この流れで?」
「だって森のコックさんも、これ以上追えないでしょ?調査はできたんだし大丈夫だよ」
それもそうかと頷いたとき、舞さんは「それに」と付け足した。
「この二人からはじっくりと話を聞く必要があるし。ね?香奈ちゃん」
「ヒッ」
忍び足で去ろうとしていた香奈さんは、名前を呼ばれた途端、蛇に睨まれた蛙のように身を縮こめた。
「監視庁的にも、流石に二人を放置はできないからさ〜。報告ついでに、本庁に連行するけど、勘弁してね〜」
「ひぃ……、すすす、すみません、何もしませんしてません、だから命だけは……」
「…………まあ、対応次第だね」
「あわわわわ…………」
慌てふためく香奈さんを見ていると、調子が狂う気がする。
それを横目で見ている修一さんは、何か遠くを見つめるような、虚な目をしているのが気になった。
「じゃあ、みんな帰ろっか。さ、車に戻るよ〜」
『ふむ、今一度楽しめそうだな』
「嫌なこと思い出させんなよ……」
◆◆◆
帰りの運転はかなり落ち着いていて、疲れていたこともあり、道中眠ってしまった。
結果、酔うこともなく到着した。
車内から降りた六人と一匹は、そのまま夜闇に佇む本庁へと入る。
中は流石に閑散としているが、それでも最低限の人はいるらしい。何度か挨拶をしているうちに、凛さんの部屋の前へとたどり着いた。
「凛ちゃん、入るよ〜」
外は日が落ちている。時刻もかなり遅く、もう日付が変わるところまできていた。そんな時間まで起きているとは思わないが、流石は統括局長といったところだろうか。
「………………」
「凛ちゃん、ただいま〜」
「………………」
全然そんなことはなかった。顔の横で不自然に腕を立てたまま、頭だけデスクに突っ伏している。
「凛ちゃ〜ん」
「…………ッ」
再三の声に漸く目を覚ました凛さんは、目を瞬かせてこちらを向いた。
「……あら、ごめんなさい。寝てしまってたみたいで」
「いいんだよ〜、こちらこそ急にごめんね。ちょっと急ぎの報告があって」
「報告……?」
そう言って、舞さんは付いてきた修一さんと香奈さんを呼び出し、凛さんの前へと立たせた。
「この御二方は?」
「調査現場で遭遇したんだ〜」
「そう……。初めまして、こんばんは。私は怪異監視庁統括局長の矢坂凛です」
「……暁修一です」
「みみみ、蜜坂香奈です……。わ、悪い子じゃないです、何もしてません!だから、だから命だけは…………」
凛さんは頭に疑問符がついているのが分かるほど、首を傾げた。
「ここに連れてきたってことは、怪異絡みってことだよね」
「そうだよ。この香奈ちゃん、少なくとも五年前から怪異なんだって」
それを聞いた凛さんも、やはりみんなと同じように困惑した様子で、香奈さんのことをじっと見つめた。
「随分と人に馴染んでいるね。大丈夫だよ、怪異にも色々あると思うから」
「…………えっと、それってつまり、私は助かるってこと、ですか……?」
「助かるかどうかは、少しお話しして考えましょう。コーヒーは飲める?」
そっと立ち上がった凛さんは、そのまま近くのバリスタへと向かいながら二人に問いかけた。
「は、はい!頂戴します!」
「……ありがとうございます」
凛さんはカップを三つ用意し、コーヒーを淹れ出した。
「まずは二人の話を聞こうか。悪いんだけど、舞ちゃんには残ってほしいかな。雪乃ちゃんと哲也くん、あと始くんは解散でいいよね」
「大丈夫だよ〜」
「ありがとう。じゃあ、そういうことだから。三人とも、遅くまでお疲れ様。ゆっくり休んで」
気になることはたくさんあるが、今この場に残ってしまったら、それこそ帰る時期を見失う気がする。ここは悪いとは思いつつも、お言葉に甘えて帰らせてもらおう……。




