ep11.二人
「雪乃ちゃん、哲也くん、ごめんね遅くなった〜」
「大丈夫、見つかって良かった」
外に出ると、雪乃さんと哲也さんが出迎えてくれた。
なんというか、久しぶりに外に出た気がする。あと、とにかく空気が美味しい……。気持ちよくて、爽やかで、それでいて——
「哲也くん助かったよ〜」
「あれぐらい、どうってことない」
哲也さんはその太い腕を誇示するように、胸元で構えた。
「……あ、哲也さんが開けたんですか?」
「ああ。それがどうした」
「俺、てっきり舞さんかと……」
それを聞いた舞さんは、その場に相応しくない程の声量で、腹を抱えて笑い始めた。
「わ、私が穴を……!あははは!いやいやいや、こんな華奢な体じゃ何もできないよ〜!ふふ、あははは!」
「あー……、まあ、確かにそう、か……」
なんというか、今までの舞さんを見ているから、そういうことも出来そうに見えてしまうのが恐ろしいところだ。普通、そうだよな。無理だよな。
いや、それならそれで、哲也さんがおかしい事になるけど……。
「……なんだ、何かついてるか」
無意識に哲也さんを見ていたようで、慌てて視線を逸らした。
この人、見た目以上に力がある——なんて次元じゃない気がする。壁を壊すって、どういう力なんだ……?
「おい、社会不適合者」
雪乃さんがこちらに近づきながら、唐突に話しかけてくる。しかしまだその呼び名を使われるとは、流石に堪えるものがある。俺は俺なりにさっき頑張ってたんだけどな……。
「頑張ったな、無事で良かった」
そう言いながら、雪乃さんは俺の肩をそっと叩いてくれた。意外な優しさに驚いたが、それ以上に今まで感じたことのない嬉しさが、深いところから込み上げてきた。
「舞さん、雪乃と見張ってる時に男が出てきたんだが……、良かったのか?」
——あの男のことだ。二人が見送ったということは、無事逃げきれたと考えてもいいのだろうか。
「私たちはどうもしないよ〜。公安にでも任せるつもり〜」
「わかった」
とはいえやはり、もやもやした気持ちは残る。本当に俺たちは何もしなくてよかったのだろうか……。
「……あれ、そういえば霧猫は?」
辺りを見渡すが、あの毛色じゃこの夜の森に溶け込んでしまって、見えるわけがない。真っ赤な目、そして金色のイヤリングを目印に探してみるが、やはり無謀というものだろう。
——と思ったが、茂みの奥から何か光るものが見えた。
「——霧猫!お前どこに行ってたんだよ!」
『それは私の台詞というものだ』
変わらない態度に胸を撫で下ろしていると、その背後から更に二人、ゆっくりと木々の影から現れた。
一人は前髪が伸びた男、もう一人は着物を着た女……。少なくとも、この場では浮いた服装だ。
「舞さん、お知り合いだったりしますか……?」
「ふふ……、まさか。知らないよ」
ただ肝試しに来ただけのカップルなら理解出来るが、きっちりとした着物で来る訳がない。異質すぎる雰囲気に少し身慄いをした。
「ねえ二人とも。何しに来たの?」
舞さんは少しずつ二人への距離を詰めていく。それに合わせ、哲也さんも近づいていった。
二人は物怖じせず、その場でじっと立ったまま動かない。
『舞よ、そう殺気立つな』
「んー?何言ってるかさっぱりだよ?」
『誤魔化さずとも良い。この女に、唯ならぬ雰囲気を感じたのだろう』
霧猫の言葉に、舞さんはふと歩みを止めた。
「……へぇ〜、分かるんだ」
『妙な匂いがするのでな。気になって追いかけたほどだ』
なら迷子になったのはお前じゃないか——と突っ込みたいところだが、今はそんな雰囲気じゃない。
それに妙な匂いって、一体どういうことだ……?
「尚更気になっちゃうね……。ねえ、二人とも?」
舞さんの視線が二人を捉える。霧猫は気がつけば俺の頭へと登っており、静かにそのやり取りを見守っていた。
「単刀直入に聞くね。二人は——敵かな?」
以前聞いたことのある言葉以上の圧をこの時覚えた。次に何が起こるのか全く読めない中、俺は身構えながら二人を見つめた。
「……こういう時は、まず名前を聞くもんじゃないですかね」
「修一さんの言う通りですよー!あ、私は蜜坂香奈って言います!」
「お前から言うのか……」
二人のやり取りに、牽制みたいなものは感じられない。それに気づいたのは舞さんも同じだったらしい。ため息をついた後、それでも警戒は緩めないまま口を開いた。
「確かにそうだね。私は怪異監視庁統括局行動一課、主任監の八風舞だよ」
「えっ長……、俺は暁修一です」
「私は蜜坂——」
「さっき言ったろお前」
「へ?あ、アハハー……」
なんというか、警戒して損している気がする。この二人、服装こそ変だけど、別に普通なんじゃ……。
「修一くんと香奈ちゃんだね。で、何しに来たの?」
「え?まあ、調べ物っていうか、調査っていうか……」
「ふうん、あまり言いたくないって感じだね」
「まあ……」
修一さんははぐらかすように視線を泳がせている。何かしら事情があるようだが……。
「なんかこう、〝森のコックさん〟という怪談がこの辺で流行ってるそうなので、その調査に!」
「うぉーいなんで言っちゃうかなぁ!」
「えー!私、嘘と隠し事が嫌いなんです!」
「〝出来ない〟の間違いだろお前の場合は!」
二人が言い争いをしているのを見ていると、さっき思ったことがより現実的に思えてきた。
舞さんもこちらを振り返り、肩をすくめている始末だ。
「……まあとにかく、そんなところです。敵かどうかは――俺からはなんとも言えないです」
「そっか……。じゃあ質問を変えよっか。香奈ちゃんは――何者?」
さっきまで元気だった香奈さんの動きが静かになる。そして、人差し指で口元を押さえながら暫く考えていると、そっと指を離した。
「多分怪異ってやつです!」
木の葉の擦れる音だけが、静かに聞こえた。




