↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の華  作者: 奥村 葵
第二章 怪異
10/17

ep10.主任監

「危ない!」


 咄嗟に言葉が出るが、手を差し出すだけの勇気は出なかった。

 そして、俺の声に呼応するように、ざわめく髪が男の手足に絡みついた。


「なっ——ちょ、離れねえ——ッ!」


 なんとかしたいが、その異形に近づく事ができない。今はまだ絡まっているだけだが、もしこれが四肢を引き裂くようにしたら――そう思うと、腰が抜けたように床にへたり込んでしまった。


 ——俺は、触れてはいけないものに触れてしまった。


 男は髪と俺、交互に罵詈雑言を向けているが、一言だって聞き取れないほど、目の前の現象に怯えていた。

 もうおしまいなのだろうか。この男も助けられず、そして俺もここで死んでしまうかもしれない。

 結局立ち上がることすらできないまま、俺は男がそのまま壁に磔になるように拘束されていくのを、黙って見ているしかなかった。


 その時、廊下から少し離れた場所で何かが崩れる音が聞こえた。

 だが振り向けない。もし目を逸らしたら、俺も襲われる気がしたから。

 それを知ってか知らずか、そこから走る音がこちらに向かって来る。脆い床を踏み抜く勢いで近づく音の主は、俺に覚悟を決める間も与えない速さで、俺の正面までやってきた。


「始くん、お待たせ!」

「ま、舞さん——ッ!」


 舞さんは安心したのか、ほっとしたように、その場にしゃがんで俺の顔を見つめた。


「ほんと、びっくりしたんだからね。突然引きずられてくんだもん……」

「そ、そんなことより後ろ……!」

「ん?」


 その間にも、男は壁に磔になっている。叫びすぎて疲れたのか、今は項垂れているばかりだ。


「うわぁ〜、すごいねぇコレ!髪?」

「……いやいや!助けないと!」

「そうだね〜。うーん、でもどうしよっか」


 舞さんは縛られたままの男の側まで近づく。そして、その髪を怖気付くこともなく、じっくりと観察していると、男の拘束が少しずつ解かれていった……。


「あれ?何もしてないんだけどなぁ」

「はぁ、はぁ……、なんなんだよお前ら……!」

「君には関係ないよ〜」

「うるせぇ……!お前らの仕業だろうが!」


 男はついにキレたのか、ポケットから光る何かを取り出した。この暗闇でもその冷たさが伝わる、鋭利なナイフだった。


「舞さん、危ない!あれナイフですよ!」

「わぁお。物騒だね〜、怖いなぁ〜」

「嘗めた口利きやがって……!」


 ナイフをちらつかせたまま、男は少しずつ舞さんの方へと寄っていく。しかし肝心の舞さんが全く動じない。なのに、強がりとか威嚇とか、そんなものは一切感じない。

 

「ふふ、やめた方がいいかも?」

「命乞いは聞かねえよ、どうせ口封じで殺すつもりだったからな!」


 男は勢いよく舞さんの懐に飛び込み、そして——


「ぐっ……」


 何か鋭い音と共に、床に赤い液体が滴り落ちた……。


「舞さん!」

「んー?呼んだ?」


 ——いや違う、これは舞さんの血じゃない。よろよろと後ずさる男の手から血が出ている。

 よく見ると、折れたナイフの先端が、男の右手首に突き刺さっている。そこから夥しく血が流れているようだった。


「ふふん、防弾チョッキだよ〜」

「ふざけ、やがって……この野郎……!」

「だから言ったのに〜。人の話はちゃんと聞くんだよ?」


 男は頭に血が上ったままなのか、左の拳を固めて大きく振りかぶる。


「死にたいの?」


 語気を強めた訳でも、まして怒鳴った訳でもない。なのに、その一言で男は凍りついたように動かなくなった。


「うんうん、偉いよ〜」

「……なんなんだよ、お前」

「知ってどうするのかな?」


 これだ、舞さんの妙に怖いところは。

 この前も、そして今も、包み込むような柔らかい笑顔は一切揺らがない。なのに、言葉だけが刃物のように鋭くなって、こちらの首元に添えられるような冷たさを覚える。


「ほらほら、早く出た方がいいんじゃない?私の来たところなら、開いたままだと思うよ〜」


 それを聞いた男は、右手を押さえたまますぐに走り出した。一言も発さず、文字通りこの場から逃げた。


「……舞さん、あの人——」

「知ってるよ?人を殺したかもしれないんだよね〜」

「な、なんでそれを?」

「うーん、後で雪乃ちゃんに聞いた方が早いかも?」


 雪乃さんに?と思ったが、確かに聞きたい事は山ほどある。


「さてさて。実地研修のつもりで来たけど、始くん、とんだ災難だったね、監督不行き届きでごめんね……」

「……いやまあ、生きてるからいいですけど……。それより、いつもこんな感じなんですか?」


 今回だけが特別に酷い方であってほしかったから聞いたが、悪いことに舞さんは「まあそうだね〜」と気の抜ける声で答えてしまった。最悪だ。


「森のコックさん、始くんはどこまで把握した?」

「えと、その前に俺たちも出ませんか……?」

「え、なんで?」

「もうここキツいです、何起こるかわかんないし……」


 髪に連れ攫われるわ、椅子に縛られるわ、遺体はあるわ、髪に襲われるわ、碌な事がない。何よりずっといたら、この死臭が体に染み付いてしまう。もう手遅れかもしれないが。


「それもそうだね、んじゃ出よっか」


 舞さんに案内され、入ってきたという場所へと向かう。


「……あの、コレですか?」

「そうだよ〜」


 ……木造の壁に、人一人がスッと通れるような丸い穴が開けられている。破片の飛び散り方具合から、最近できたものらしい。まさかこの人が開けたと言うのだろうか……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。