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第97話 パブリックビューイング

「⋯ところでクララ。チョコ-1 グランプリの準決勝のチケット、取れた?」

 アドリアンとクララの受験勉強トークが一段落したとき、ダリアがクララに訊きました。


 クララはチョコ-1 グランプリの準々決勝が行われた日、ダリアと待ち合わせて、一緒に観戦していました。現地に足を運んだわけではなく、近所の商店街にある広場で、パブリックビューイングが行われたのです。商店街にあるお店に貼られていた告知のビラを見たクララは、"み、観たい⋯でも⋯万が一、試合でデチェバルがボコボコに殴られたりしたら⋯胸が張り裂けるような気持ちになりそうだ⋯うう⋯やっぱり観たくない⋯いや⋯でも⋯やっぱり観たい⋯"と長時間に渡って逡巡した挙句、" そうだっ!!ダリアを誘って、一緒に観ればいいんだ!!なんなら、ポマード龍太郎も一緒に!! " と思いつき、三人で観戦したのです。対戦相手の卑怯な戦い方を観たクララは、「おいっ!!こいつっ!!ぜったい許さんっ!!」などと言って、自分が戦っているかのように興奮していました。そしてデチェバル、もといドルレットが勝利した瞬間、ぴょんぴょん飛び跳ね、ダリアに抱きついて大喜びしました。ダリアはドルレットとクララの関係を教えてもらっていないので、なぜクララがそこまで喜ぶのか分からず、「ねえ、一体あなたとあの人、どういう関係なのよ!?お願いだから教えてよ」と訊きました。しかしクララは、" デチェバルが名前を変えて生活しているということは、本人の意思で、独裁者ブラックカカオの息子であることを隠していると考えて間違いないだろう。彼がそうしているのに、私がそれを口外するなんてことは、絶対にあってはならない。たとえ、相手が私の親友であっても! " と考えていたため、「ダリア、本当にごめん。今はどうしても言えないんだ!」と答えました。

「もしかしたら、いつか話せるときが来るかも知れないし、来ないかも知れない。もし来たら、そのとき話す。ひとつだけ言えるのは、私は彼のこと、人として大好きなんだ。恋愛感情とかじゃなくて⋯本当に尊敬している。彼は自分が大変なときでも、自分より周りのことを心配するような奴なんだ。私は昔、事情があって彼と定期的に会っていたのだが⋯彼はいつも私の体調を気にかけて、優しい言葉をかけてくれていた。その言葉は、今も⋯私を支えてくれているんだ」

 クララの言葉を聴き終えたダリアは、"恋愛感情とかじゃないって言ってるけど、クララ本人が気づいてないだけで、恋愛感情なんじゃないかな?少なくとも、恋愛感情の芽のようなものはある気がする⋯"と思いました。しかしクララにそれを言っても否定されるだけだと分かっていたので、「そうなんだね。私だって、話せないことを無理矢理、聞き出そうなんて思わないよ。だから、気にしないで。私はいつも、あなたの味方だからね!」と言って、恋愛感情の有無については何も言いませんでした。そして、ダリアはこう提案しました。

「ねえ、クララ ! 私、いいこと思いついちゃった ! チョコ-1 グランプリの準決勝、一緒に観に行かない!?チョコ浜アリーナに ! 」

「えっ⋯ええ〜っ!? お、お前、本気で言ってるのか!?」

「もちろん本気だよ!!だって、そこまで大好きな人⋯恋愛感情ではないにしても、大好きな人なんでしょ!?応援に行かない方が不自然じゃん!」

「え〜!?そ⋯それはそうだけど⋯私みたいなオバサンが応援に行っても⋯迷惑だろ、多分!!」

「はぁ!? ちょっと、何言ってるのよクララ ! 人の応援を迷惑に思うような人を、あなたが大好きになるわけないでしょ ! 思わない確率1億パーセントだから、心配しなくて大丈夫よ ! 」

「ちょ、ちょっと!!大好き大好きって、何度も言うなよっ!!恥ずかしくなるだろっ!! 恋愛感情じゃないんだからな!?人としてだよ、人としてっ!! 」

「ふ〜ん⋯" 人として " ねえ⋯。ふふふ、クララ、便利な言葉があって、良かったね!ムフフ! 」

「なっ、なんだよ! その、" ムフフ " はっ!!お前、いい加減にしろよっ!!」

 アタフタするクララを見てダリアは大爆笑していました。しかしクララは本当に、自分の中に恋愛感情があるとは、まだ思っていませんでした。彼女は"私の人生における恋の相手は、チョコクラージュだけでいい。いや、チョコクラージュだけがいい"と長い間、思い続けて生きてきた女性でした。今もその気持は変わっていないと彼女は信じていました。しかし彼女が自分に対して持っていたその認識を、変えるとまではいかなくても、小さく揺らす出来事がありました。パブリックビューイングで観戦したその日の夜、帰宅してから、ダリアにからかわれたことを思い出していたクララの心の中に、チョコクラージュが手紙に書いていた言葉が浮かんできたのです。


" チョコレツィカ。五人の子供たちは、父親の死を乗り越えなければいけないんだ。乗り越えて、詐欺ではない、本当の愛に出会わなければいけない "

" チョコレツィカ。もし君に好きな人が出来たら、僕のことは気にせず、むしろ僕の願いだと思って、その人の胸に飛び込んで欲しい "


 クララはこう思いました。" 私の心の中に、本当に恋愛感情が全く無く、芽すらも無い状態だったら、私の心の中に、このタイミングでチョコクラージュの言葉は浮かんでこないだろう⋯。もしかしたら、芽は⋯あるのかも知れない⋯"


 翌日の夜、バーでダリアとクララは話し合い、準決勝のチケットはクララがインターネットで購入することになりました。ダリアはチケットの代金をクララに渡し、別れ際、

「じゃあ、またね、クララ ! ドルレット君の試合、楽しみだね! 自分に素直になりなよ⋯ムフフ⋯ ! 」

 と言って、ニヤニヤしながら家に帰っていったのです。

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