第96話 いつものバーで
ドルフ・マリネスクがブリンコベアヌのオススメ曲を丁重に拒絶したちょうどそのとき、チョコの国の東端に位置する街、チョコフィエルにあるバー『クイブル・デ・チョーリ』では、クララが"カクテルの王様"、マティーニを飲みながら、マスターのトシヒコと話をしていました。
「トシヒコの作るマティーニって、ほんと最高だよ!他のバーのマティーニと、何かが違うんだよなぁ⋯」
「そりゃそうさ。同じマティーニでも、使うジンの銘柄とか、ジンとベルモットの配合比率、ステアの技術によって味は驚くほど変わるからな。俺のマティーニを気に入ってくれて、嬉しいよ」
トシヒコはそう言って微笑みました。そして、
「今日はダリアは来ないのか?」
とクララに訊きました。
「アドリアンと一緒に夕食をとってから行く!って言ってたよ。そろそろ来るんじゃないかな?酒場が好きでも、一応少しは家族とのコミュニケーションを大事にしてるみたい。アハハハ。ていうか、ポマード龍太郎も一緒に連れて来ればいいのにね」
クララに"ポマード龍太郎"とあだ名を付けられたダリアの息子・アドリアンは高校3年生になり、受験勉強に費やす時間を更に増やしていました。以前、『クイブル・デ・チョーリ』でクララと出会い、クララがチョコの国の独裁体制を終わらせたチョコクラージュの上司"チョコレツィカ"だと知ったことは、アドリアンに大きな影響を与えていました。"この国の憲法と刑法の草案を作ったなんて、凄過ぎる。しかも普段は全く気取っていなくて、ただの気さくな酔っぱらいみたいに見えるんだ。僕も⋯あんな大人になりたい⋯"アドリアンはそう思い、母親のダリアにそのまま言ったことがありました。そのときダリアは爆笑しながら、「確かにクララはめちゃくちゃ凄い人だし私も密かに尊敬しているけど、 " 僕も気さくな酔っぱらいを目指す!"はちょっと⋯やめて欲しいかな!」と言いました。
午後9時を少し過ぎたころ、ダリアはアドリアンを連れて『クイブル・デ・チョーリ』に現れました。
「あっ!!やっと来た!!⋯あ〜っ!! ポマード龍太郎も一緒じゃん!! きゃ〜!龍太郎!! 会いたかったぞ!!」
クララはアドリアンの顔を見て大喜びしました。アドリアンは照れながら、
「そのあだ名⋯めちゃくちゃ定着させちゃってるじゃないですか!やめて下さいよ!」
と、言いました。言っている内容だけを見ると抗議なのですが、冗談で抗議しているだけなので、とても嬉しそうな顔をしていました。
「すまん!二度と使わないと誓うよ、ポマード龍太郎!」
「⋯誓ってから、誓いを破って使うまでの時間が1秒以下でしたよ?いま!」
アドリアンが笑いながらそう言うと、クララは、
「えっ!?ほんとに!?そんなバカな!!⋯よし、第一問!!」
と言いました。
「経済が発展するにつれて、産業の中心が第一次産業から第二次産業へ、第二次産業から第三次産業へと移り変わっていくことを何という?」
「ペティ・クラークの法則 ! 」
「優勢であると報道された候補者に票が集まる現象は、何の一例?」
「バンドワゴン効果 ! 」
「典型7公害を全て挙げよ!」
「大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、悪臭、振動⋯⋯えっと⋯えっと⋯」
「あとひとつは!?」
「⋯えっと⋯。うう⋯ヒント下さい!!」
「ほら!こう⋯ドーンっ!!って!」
クララは酔っていることもあり、大きな身振り手振りで「地盤沈下」を表現しようとしましたが、地盤沈下を身振り手振りで表現するのは至難の業で、大変、難儀していました。クララが身体を使って必死に地盤沈下を表現すればするほど、アドリアンの頭の中は混乱していきました。
「ほらっ!!これっ!!ドーン!!ドドーン!!どど〜ん!!」
「⋯む⋯難しいですね⋯噴火ですか!?」
「おいっ!!噴火が公害なわけないだろっ!!あれは人は関わってないのよっ!!地球が勝手にやってることっ!!」
チョコの国も地球にあると言えるのかどうかは謎でしたが、とりあえずクララはそう説明しておきました。
「こう!!こんな感じっ!!どどど〜ん!!きゃ〜!落ちるぅ〜!」
「⋯あ、分かった!大人気のテーマパーク、チョコネズミーシーにあるタワー・オブ・テラーチョコですか!?」
「ちがうっ!!なんでテーマパークが公害やねん!!」
クララは興奮のあまり、チョコ関西弁を使ってしまいました。
「こうっ!!ドドーン!きゃ〜!落ちるぅ〜!!」
「あ、分かった!!チョコ芥川龍之介の『蜘蛛のチョコ糸』ですよね!?それ!!」
「おいっ!! なんで文学作品が公害やねんっ!!チョコ芥川に千回謝れっ!!」
「ダメです!!出てきません!!答え、教えて下さい!!」
「地盤沈下だよ!」
「あ〜、それだっ!!」
二人は顔を見合わせて大笑いしました。




