第91話 対峙
ドルレットは、ずぶ濡れの状態で教師や他の生徒たちのいる場所へ戻りました。彼らはドルレットがいなくなったことに気づいていました。教師が手分けして探したものの発見することが出来ず、教師の中の一人が「警察に連絡して、捜索してもらおう。手遅れになる前に!」と提案した直後に、ドルレットが姿を現したのです。
「ドルレット!! どこに行っていたんだ!!勝手にいなくなっちゃ、ダメじゃないか!!」
ドルレットの担任だった若い男性教師、グリゴーレ・カンタクジノは大きな声でドルレットを叱りました。グリゴーレはとても誠実な男だったので、自分が学校や世間から責任を問われることを心配していたのではなく、ただただ、ドルレットのことを心配していました。それゆえ戻って来たドルレットの姿を見たとき、彼は目に涙を浮かべて、抱きしめながら叱りったのです。
「ごめんなさい⋯先生⋯ごめんなさい⋯」
ドルレットは、先生やクラスメイトを心配させてしまったことを深く反省し、クラスメイトにも「みんな、本当にごめん」と謝りました。
グリゴーレは、ドルレットと1対1で話す必要があると感じ、夕食とキャンプファイヤーが終わってから、ドルレットを宿泊施設のラウンジに呼び出しました。他のみんなは宿泊する部屋に入っており、ラウンジにいたのはグリゴーレとドルレットの2人だけでした。
築30年を超える宿泊施設のラウンジには、飲み物の自動販売機がふたつ、並べて設置されていました。白い壁には掲示板が掛けられており、「大自然と仲良くなろう!」「年間スケジュール」などと書かれたプリントが画鋲で留められていました。
「ドルレット、お前、何にする?何でも、好きなやつでいいぞ」
グリゴーレが自販機に硬貨を入れてドルレットに訊きました。
「あ、すみません⋯緑茶でお願いします⋯」
ドルレットは、本当はコーラを飲みたかったのですが、"コーラはさすがにダメだ、反省してないと思われる⋯"と考え、緑茶と答えました。
「緑茶!?コーラじゃなくていいのか?」
グリゴーレにそう訊かれたドルレットは、"ヤバい、バレてる"と思い、二秒ほど固まってから「じゃ⋯じゃあコーラでお願いします⋯ありがとうございます⋯」と言いました。
「ドルレット、どうしても言いたくないことがあるなら、無理に言う必要は無い。でも、そうじゃないなら、先生に聞かせてくれないか?お前は今日、一人でどこに行って、何をしていたんだ?」
グリゴーレは穏やかに、優しく問いかけました。ドルレットは、その日に見たチョコヘイヘイボンボンクワガタとクレイジーチョコキラービーの壮絶な戦いについて、詳細に話しました。キラービーが飛来した最初の場面から戦いの終わりまで、全て話したのです。そして、自分がその光景を見てどれだけ感動したかも伝えました。
グリゴーレは身を乗り出して、相槌を打ちながら熱心に耳を傾けていました。そして聴き終えたとき、
「ふふっ⋯ふはははは!」
と声を上げて笑いました。
「ドルレット⋯お前、凄いよ! 確かに、一人で勝手にいなくなったのは、とても悪いことだ。みんなに心配や迷惑をかけたからな。それは、本当に反省しないといけない。でもな、ドルレット⋯先生は、お前の持つ感性、感受性は大好きだ。同じ光景を見ても、みんながお前のように大きなものを感じ取れるわけじゃない。何も感じない人だって、たくさんいるだろう。だけどお前は⋯今回の林間学校で⋯自然から何かを学ぶための林間学校で、おそらく他のどの生徒よりも、その目的を大きく、深く、果たした⋯先生はそう思う。ただ、褒めてるわけじゃないからな?しちゃいけないことをして果たしたわけだから、やっぱり先生としては、褒めるわけにはいかないよ」
グリゴーレは少しおどけた表情で、優しく言いました。
「はい、本当にすみませんでした⋯あと、ありがとうございます⋯」
ドルレットが感謝の言葉を述べたのは、グリゴーレが頭ごなしに自分の行動を非難せず、自分の気持ちを丁寧に汲み取ってくれたと感じたからでした。
「ドルレット⋯人ってのは、間違えながら生きていくものだ。小さな罪、大きな罪⋯ときには取り返しがつかないほど大きな罪を犯すこともある。極端な話、そのせいで死刑判決を下される人もいる。それでも人っていうのは、命を失う最後の一瞬まで、自分と向き合い続けなければいけないんだ。苦しいからと言って、自分を切り離して倉庫の中にしまうわけにはいかないんだ。常に自分と対峙し続けなければいけない。最後まで対峙し続けなければいけない。脚を食いちぎられても、クワガタは、自分がクワガタである事実からは逃げられないんだ。逃げずに、" 俺はクワガタだ、それがどうした、やってやる "⋯そう腹を括ったとき、クワガタはクワガタとしての輝きを放つんじゃないか?お前が今日見たクワガタのようにな。⋯先生は、そう思うぞ」
グリゴーレはそう言ってドルレットの目を真っ直ぐ見ました。ドルレットは黙ったままグリゴーレの目を見つめていましたが、やがて、「はい!」と力強く返事をしました。
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