第9話 チョコレツィカ
「ま、全く、おっしゃる通りでございます!!そもそも、プリンはヒンヤリと冷たくてプルンプルンだから美味しいのであって、常温で硬いキャンディのプリンなど、何の魅力もございませんっ!!」
まともな国民の間では"ブラックカカオの犬"と呼ばれているチョコッティが、またしてもブラックカカオに媚びを売りました。本当は"プリン味のキャンディを否定するなら、チョコ味のキャンディも否定しないとおかしいだろ"と思っているのですが、チョコッティには大切な家族がいるのです。家に帰れば、妻や娘に愛されている、とても優しいお父さんなのです。"家族との生活を守っていくには、お金が必要だ。愛する妻と娘に、いい暮らしをさせてあげるには、お金が必要だ。そのお金を稼ぐためなら、どんな最低な男にでも、ペコペコお辞儀をして、媚びてやる。なんなら、靴だって舐めてやる"と思っているのです。悪というのは、このような純粋で素晴らしい"家族に対する善意"によって支えられて成立していることが、よくあります。ものすごく悪いことをしている独裁者や政治家も、ほとんどの場合、家族にとっては優しくて素敵なお父さんなのです。逆に、英雄として語られることの多い人物は、英雄的な行動の代償として、家族が不幸になっていることが結構あります。大塩平八郎、チェ・ゲバラなどは典型的な例です。大塩平八郎の妻は牢屋に入れられて牢屋で亡くなっていますし、チェ・ゲバラの妻は、「手紙をよこすだけで全然家に帰って来ない!」と、怒っていました。もちろん大塩平八郎やチェ・ゲバラは決して英雄などではない、という見方をする人もいるでしょう。物事の見方は人それぞれですし、善悪の判断も人それぞれです。そのうえ社会で果たしている役割と、お家で果たしている役割は別なので、問題は非常にややこしいのです。誰が悪で、誰が善なのか。それは、簡単に決められることでは無いのです。
そんな複雑な社会構造の哀れな犠牲者であると言えなくも無いチョコッティが、その日も、心にもないことを言ってブラックカカオをいい気分にさせたわけです。
「マシュマロの方は最近、どうなんだ!?」
ブラックカカオが今度は、マシュマロ担当大臣であるチョコレツィカに視線を向けて訊きました。
「はい、マシュマロも現在、何味が人間たちの間で一番人気なのか、調査しているところです。結果をご報告出来るのは、来週の火曜日くらいになりそうです。恐れ入りますが、しばしお待ち下さいませ」
チョコレツィカが無表情で滑らかに答えました。このチョコレツィカという女性こそ、"本当はイエスマンではないが、イエスマンのふりをしている人物"なのです。
チョコレツィカがチョコの国に生まれたのは今から35年前、ブラックカカオの父親が大統領を務めているときでした。チョコの国では一応、大統領選挙は行われるのですが、ブラックカカオ家が選挙管理委員会も完全に牛耳っているので、当たり前に不正が行われ、ブラックカカオ以外の候補者に投じられた票はカウントされないようになっています。なので、ブラックカカオの曽祖父も祖父も父も、みんなインチキ選挙によって、大統領になってきたのです。
チョコレツィカの両親は、ブラックカカオの独裁に反対し抵抗する、レジスタンスのメンバーでした。レジスタンスはチョコ警察に見つからないように地下で活動を行うのですが、レジスタンスがいることをチョコ警察に通報するとお金が貰えるので、正義感の無い市民はレジスタンスのメンバーがいることに気づくと、通報するのです。逮捕されたメンバーは牢屋に入れられ、ひどい環境の中で奴隷のように働かされるのです。
チョコレツィカが中学生だったときに両親は市民の通報によって逮捕され、牢屋に入れられました。レジスタンスに子供がいる場合、子供が何も活動に参加していなくても、一緒に逮捕されるケースがほとんどです。なぜかと言うと、そのまま自由にさせておくと、大統領に恨みをもったまま大人になり、結局、レジスタンスになる可能性が高いからです。しかし、チョコレツィカは両親が逮捕されたときにたまたま外出していたため、逮捕されずに済みました。そのまま帰宅していたら間違いなく、待ち構えていたチョコ警察に逮捕されていたのですが、チョコレツィカは外出先で、知り合いの親切なおじさんから、「君の両親は逮捕された。帰宅すると君も逮捕されるから、帰らない方がいい。私の家に来なさい」と言われ、そのおじさんと、おじさんの妻が暮らしている家にかくまわれて、成長していったのです。
レジスタンスのメンバーの中には、地下に潜らず役所で働いている人もいるので、そのメンバーが戸籍に手を加え、チョコレツィカがおじさん夫婦の実の子供であると偽装することに成功しました。そのことにより、チョコレツィカはチョコの国の高校に、おじさんの一人娘として入学することが出来たのです。その高校で、チョコレツィカは同級生の誰よりも勉強に励みました。遊びたい気持ち、のんびりしたい気持ち、恋をしたい気持ち…全てを抑えて、我慢して、ひたすら勉強しました。高校二年生のとき彼女は、国が発行している新聞を読んで、両親が牢屋の中で亡くなったことを知りました。牢屋の中で死亡者が出たときには、新聞に名前が載るようになっているのです。それは、"逆らうとこうなるぞ"という、遠回しなブラックカカオの脅しなのです。
高校で必死に勉強をしたチョコレツィカは、チョコの国で最も歴史があり、最も入るのが難しい大学、チョコロンビア大学に首席で合格しました。大学に入ってからも、チョコレツィカはひたすら勉強をしました。卒業後はチョコの国の公認会計士になり、ひたすら働いてお金を貯めました。その後は政治家の秘書になり、誰よりも有能な働きっぷりを見せました。やがてチョコレツィカは機は熟したと判断し、選挙に出たのです。トップ当選したチョコレツィカは、その有能さを政治家としても余すところ無く発揮し、史上最年少の32歳で、大臣になったのです。彼女がそこまで必死に努力をした理由は、ただひとつ。ブラックカカオを倒し、両親の無念を晴らすためでした。




