第82話 もう一人のD
「ドルフ兄ちゃん!この箱は、このあたりに置けばいいかなぁ?」
チョコの国の北部にあるドゥワリウリという街にも、"カサ・フェリチタ"という名前の児童養護施設がありました。ドルレットが働いている東部の施設よりもやや規模が小さく、鄙びた街の中にあるアットホームな雰囲気の施設でした。カサ・フェリチタとは「幸せの家」という意味なのですが、まさにその名にふさわしい、温かみのある施設だと、カサ・フェリチタで暮らす子供たちや、そこで働く職員たちは感じていました。
「そうだ、ラズバン。そこに置いてくれ。あとで、みんなが集まったときに配るから」
施設で暮らす9歳の少年ラズバンに"ドルフ兄ちゃん"と呼ばれている男、ドルフ・マリネスクは、29年前の12月30日にドゥワリウリで生まれました。彼の父親は作家だったのですが、彼の母が妊娠したことを伝えると、"お腹の中の子供が、俺の子供である証拠は無いだろう"と言って、翌日から連絡が取れなくなりました。逃げてしまったのです。母親はドルフを出産した後、母親つまりドルフから見ると祖母に当たる人に乳飲み子のドルフを預け、身を粉にして働きました。しかしドルフが5歳のとき、病気で亡くなってしまったのです。ドルフはその後、カサ・フェリチタで暮らすようになり、一度は里親制度に則って里親と暮らし始めたのですが、里親が彼に虐待をして逮捕され、彼はカサ・フェリチタに戻ってきました。18歳のときに建設の専門工事業者に就職し、鉄筋工として鉄筋の加工や搬入、組み立てなどを行ってお金を稼ぐようになると、彼は給料の中から、カサ・フェリチタに寄付をし始めました。それは途切れることなく、今まで継続されてきたのです。
ドルフ・マリネスクにとってカサ・フェリチタはこの世界にある、ただひとつの"自分の家"であり、そこにいる子供たちや職員は、"自分の大切な家族"でした。
その日ドルフが、自分が所有する小さなピックアップトラックで施設に運んできたのは、ノートや文房具、辞書といった、勉強に必要な物でした。もちろん、それぞれひとつだけではなく、施設にいる子供たちの人数分、自分のお金で購入してきたのです。
ドルフは一見、無愛想に見える無口な男なのですが、子供たちは、彼の優しさを見抜いていました。ぶっきらぼうだけど、本当は優しいお兄ちゃんだと分かっていたのです。
「ドルフ兄ちゃん、これ見てよ。チョコモンのカードだぜっ」
「チョコモン?」
「うん」
「チョコットモンスターか?」
「⋯うん。ドルフ兄ちゃんも、子供のころ持ってた?」
「⋯友達にもらって、3枚くらい」
「まじで?今でも持ってる?」
「いや。別の友達の弟が欲しがってたから、あげた」
「えー!今、何か集めてるもの、ないの?」
「⋯ない⋯」
「⋯そ、そうなんだ⋯」
ラズバンとドルフの会話を横で聞いていた施設の職員は、チョコ孔子の「巧言令色鮮し仁」という言葉を思い出していました。愛想が良く、口が上手い人は、本当の思いやりの心が少ないという意味なのですが、職員は、「ドルフさんは、その逆だ⋯」と思ったのです。




