第81話 みんなの想い
ドルレットが働いている児童養護施設の子供たちや職員たちは、彼がチョコ-1 グランプリの地区予選で勝利するたびに、「おめでとう!」と祝福の言葉をかけていましたが、6勝目をあげて準々決勝進出が決まったときの祝福は、それまでとはレベルが違いました。準々決勝進出は、2万人の観客を収容できる"チョコ浜アリーナ"で試合をすることを意味していたので、「ドルレットさんが、2万人を前にして、あのチョコ浜アリーナで試合をするの!?」と、皆が一様に色めき立ったのです。
「チョコ浜アリーナで試合なんて、凄過ぎません!?わたし、去年チョコ浜アリーナで、ジャスティン・ビーバーエアコンのライブを観たんですよ!!当たり前ですけど、ものすごく大きくて、お客さんもめちゃくちゃたくさん入りますし⋯ドルレットさん、大丈夫ですか!?絶対、緊張すると思いますよ!?」
興奮した様子でドルレットにそう言ったのは、シュテファンがいなくなったときに電話をかけてきた女性職員、シモナ・シリバシュでした。
「えっ!シリバシュさん、去年ジャスティンのライブ行ったんですか!?あれ、僕も行きたかったんですよ。いいなぁ⋯!僕は大学生だったとき、ビリー・アイリッシュセッターのライブに行きましたよ!"TV番組"っていう曲が大好きで、どうしても生で聴いてみたくて!」
「ビリー・アイリッシュセッター最高ですよね!犬の鳴き声を楽曲の中で多用する彼女のやり方は、他のアーティストには絶対、真似出来ないと思います!」
「僕もそう思います。なにしろライブの時もスタジオ録音の時も、常に大型犬を連れていますからね。"お前はアニーかよっ!"って突っ込みを入れたくなるんですが、そこが彼女の魅力でもあるわけです」
「さすがドルレットさん!分かってますね!彼女は来年、レツィカドームでライブをやるみたいなんですけど⋯噂によると、百頭の大型犬と一緒に歌う予定らしいですよ」
「えっ!百頭ですか⋯!?そこまでいくと、もはやビリー自身の声が聞こえなくなりそうだな⋯」
ドルレットとシリバシュが人気歌手ビリー・アイリッシュセッターの話に花を咲かせていると、施設で暮らしている子供たちが二人の周りに集まってきました。
「ドルレットぉ!試合頑張れよ〜!」
施設には、親しみを込めてドルレットを呼び捨てにしている子供たちが、男女問わずたくさんいました。
「おう!任せとけ!絶対、レツィカドームで行われる決勝まで、いってみせるからな!!」
ドルレットはボクシングの構えをして、ニヤリと微笑みながら言いました。
そのときのドルレットはまだ知らなかったのですが、実はその頃、子供たちは密かに千羽鶴の制作を進めていました。シリバシュが「ドルレットさんが勝てるようにお祈りする気持ちを込めて、みんなで千羽鶴作ろうよ!」と提案し、作り始めたのです。折り紙はシリバシュが、自分の給料からお金を出して購入したものでした。シリバシュや子供たちは、サプライズにするために、ドルレットが不在のときに鶴を折ったり、公園などの、ドルレットがいない場所で折って、リュックに入れて施設に持ち帰ったりしていました。
いよいよ、4月の最初の土曜日がやってきました。ドルレットがチョコ浜アリーナで準々決勝に臨む日です。
前日の夜、ドルレットは気持ちを落ち着かせるために一人で散歩に出ました。誰もいない公園で、夜空に輝く月と星々を見上げ、心の中でチョコレツィカに"明日、必ず勝ちます"と誓いました。散歩から戻ると、大勢の子供たちと数人の職員が、ニコニコ、あるいはニヤニヤしながら寄ってきました。
「えっ!?な、何!?みんな、どうしたの?」
ドルレットが目を丸くしてそう言うと、後ろの方にいたシリバシュが、「シュテファン!」と言いました。すると、集団の真ん中あたりにいたシュテファンが、前に出てきました。両手を背後に回して、何か隠し持っている様子でした。
「シュテファン⋯な、なに?」
ドルレットが戸惑った顔でそう訊くと、シュテファンは、
「ドルレット⋯これ、俺たちからのプレゼント!」
と少し照れた笑顔で言って、数え切れないほどの、たくさんの折り鶴で出来た千羽鶴をドルレットの前に出して、見せました。
ドルレットはあまりにも驚き、感激したせいで、受け取るために手を動かさないといけないのに、すぐには動かすことが出来ませんでした。しばらく黙ったまま千羽鶴を見つめていたドルレットがようやく腕を動かして千羽鶴を受け取ったとき、彼の肩は小刻みに震え、目からは涙が流れ落ちていました。
「ありがとう⋯みんな⋯!ありがとう⋯シュテファン⋯!」
ドルレットが絞り出すようにそう言うと、シュテファンは少しおどけた顔で、
「ドルレット〜!男なんだから、これくらいのことで泣くなよォ!」
と言いました。
「アハ⋯アハハハ⋯!生意気言いやがって!」
ドルレットは手の甲で涙を拭いながらそう言って、シュテファンのおでこを人差し指でツンと優しく突きました。
「みんな、本当にありがとう。おれ、応援してくれるみんなのためにも、必ず勝ってみせるよ!そして⋯この千羽鶴は、おれの宝物にする。ずっとずっと、大切にするよ。本当に、ありがとう」
ドルレットの言葉を聞いた子供たちは嬉しそうに微笑んでいました。シリバシュや他の職員たちも、優しく温かな目でドルレットを見守っていました。
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