第75話 謎の熱血教師ドラマ
クララはダリアを放置していたら可哀想だと一応、思っていたのですが、アドリアンが政治・経済に関する質問を次から次へとしてくるので、なかなかダリアに構うことが出来ずにいました。クララは質問に答えて詳しく解説もしていたため酒を飲むペースが落ちたのですが、構ってもらえないダリアのペースは逆に上がっていきました。1時間ほど経って、すっかり泥酔しているダリアを見たとき、クララは"ヤバい、放置し過ぎた"と思いました。
「と⋯とにかくぅ⋯!クララ⋯あんた、アドリアンの相手ばっかりしてないでぇ⋯わたしのことも構ってよねっ!⋯ヒック⋯ヒック⋯!」
ダリアはしゃっくりが止まらない様子でした。
「自分でアドリアン⋯じゃなかった、ポマード龍太郎を呼んだくせに、何言ってるんだよ⋯もう!」
「ク⋯クララさん⋯そこ、わざわざ訂正しなくていいですよ⋯というか、訂正する前の方が、正しい名前ですからね!⋯で、クララさん。イギリスにも児島惟謙みたいな格好いい人がいましたよね?ジェームズ1世と対峙した⋯」
「え?あ、ああ⋯エドワード・コークでしょ?児島惟謙みたいな人っていうか、コークの方がだいぶ先だけどな!民訴裁判所の主席裁判官だったときに、裁判に介入してきた国王ジェームズ1世を諌めたんだよ。誰の言葉を引用して諌めたか答えられるか?」
「ブラクトンですよね!さっきの⋯"国王といえども神と法のもとにある"!」
「正解だ!いいぞ!ポマード龍太郎!!三権分立の維持には、それぞれの制度が堅牢であることに加え、一人ひとりの裁判官が堅牢であることも必要なのだ!ポマード龍太郎⋯お前はそういう判事になれるか!?」
「は⋯はいっ!!なります!頑張ります!!」
そう答えてからアドリアンは、"えっ、おれ、裁判官を目指してるなんて言ったっけ?全然言ってないし、目指してないよね⋯"と思いましたが、"エドワード・コークがめちゃくちゃ格好いいのは確かだし、もしかしたら本当に目指し始めるかも知れないよな"と思い、特に訂正はしませんでした。
クララとアドリアンはそんな感じで、熱血教師ドラマに出てくる教師と生徒が沈む夕日を前にして肩を組みながら言いそうなことを言い合っていたのですが、結局放置され続けたダリアは孤独に耐えかね、暇そうにしていたトシヒコの方に行っていました。
「トシヒコぉ⋯!聞いてよ!!あの二人、私のこと無視するのよぉ⋯!!」
ダリアがそう言うと、地獄耳のクララが離れた席から「無視なんて、してないぞ!!人聞きの悪いこと言うな!」と大声で言いました。
「そんなことよりダリア、今日、チョコパフェ市民体育館でキックボクシングの大会が開かれたの知ってるか?」
トシヒコはそう言って、バックバーと呼ばれる酒棚の隅に置かれた小さなテレビのスイッチを入れました。そのテレビはバーの雰囲気に合うブラウン管のとても古いテレビなのですが、トシヒコは最新の受信機と接続して、現代の放送も受信出来るようにしていました。
「え?そうなの?キックボクシングって、ボクシングだけど、蹴るのもアリってこと?」
ダリアが訊くと、トシヒコは頷きました。
「そう。この国ではまだマイナーな格闘技なんだけど、少しずつ人気が出てきてるんだ。大富豪のヤスミン・ディニクがスポンサーになって、初めて全国大会が開かれることになったのさ。その地区予選が今日、チョコパフェ市民体育館で開かれたんだ」
「地区予選ってことは、あちこちでやってるの?わたしも参加すれば良かったぁ〜!こう見えても結構強いんだから!わたしっ!!」
ダリアはそう言って、トシヒコに向かって拳を突き出しました。
「地区予選は東西南北、4つの地区で行われているんだ。チョコパフェ市民体育館で開かれたのは、東地区の地区予選。それぞれの地区で勝ち残った二名が、地区代表として準々決勝に進む。準々決勝と準決勝はチョコ浜アリーナで行われて、最後にレツィカドームで決勝戦が行われるんだ」
「へえ〜!すご〜い!なんか、ワクワクするね!!」
「だろ?生中継じゃなくて録画放送なんだけど、これから放送されるんだよ。ちょっと観てみようぜ」
そう言ってトシヒコはテレビのダイヤルを回し、ローカル放送局である"チョコイーストテレビ"にチャンネルを合わせました。トシヒコのバー"クイブル・デ・チョーリ"がある街チョコフィエルはチョコの国の東端にあり、4つの地区で言うと東地区の中にありました。ドルレットが住んでいる街も東地区の中にありましたが、ふたつの街は東地区の東端と西端にそれぞれ位置していたため、かなり距離があったのです。




