第73話 色々知ってる酔っぱらい
「ドルレット!よくやったぞ!何発か顔にもらってたけど腫れてないし、これといった負傷も無く1試合目を終えられたことは大きいぞ。この大会は長丁場なんで、とにかくダメージが少ない状態で勝ち上がっていくことが大事なんだよ!」
マリウスはそう言ってドルレットの初戦を評価しました。
チョコ-1 グランプリに出場するには、まず書類・動画審査で合格しなければならないことになっていました。応募者全員に試合をさせることは時間や費用の面から考えて無理なので、エントリーシートと、過去の試合もしくはシャドーボクシング、スパーリングなどの様子を撮影した動画を送ってもらい、ある程度実力のありそうな者を選んで地区予選の出場権を与えることにしたのです。マリウスも選考担当者の一人だったのですが、自分が運営するジムに所属している選手の選考は別の担当者が行うという決まりがあったため、ドルレットの選考には関わっていませんでした。ドルレットは、公正な選考によって地区予選の出場権を得たのです。書類・動画審査をパスした者達は、2週間に1度のペースで行われる地区予選の試合を1月から3月の半ばまで6試合勝ち続け、約2週間の短い休養を挟んで4月の最初の土曜日にチョコ浜アリーナで行われる準々決勝と準決勝でも勝つと、約2か月の休養を与えられ、6月にレツィカドームで行われる決勝戦に出場することが出来るのです。つまりドルレットが決勝まで進むには、今回の勝利のあと、更に8回も勝つ必要があるわけです。なのでマリウスがドルレットに与えた「長丁場なんで、とにかくダメージが少ない状態で勝ち上がっていくことが大事」という助言は、至極真っ当で、適切な助言だったのです。
ドルレットがチョコ-1 グランプリの第1試合で勝利した日の夜、クララはトシヒコがマスターを務めるバー、クイブル・デ・チョーリでダリア・ナスターセと酒を飲んでいました。二人は、初めてクイブル・デ・チョーリで出会ったあの日以来、夜、一緒に酒を飲むのはもちろんのこと、昼間も喫茶店で待ち合わせて談笑したり、一緒に買い物に行ったりして親交を深め、既に親友のようになっていました。
「クララ、ちょっと聞いてよ!!アドリアンが最近、反抗的なのよっ!」
ダリアにはアドリアンという17歳の息子がおり、ダリアが喫茶店に連れて来たこともあったので、クララも面識がありました。
「そんなわけないでしょ。母親が毎日のように酒場に繰り出してるのに、"飲み過ぎないように気をつけてね〜"とか言ってくれる、とってもいい子なんだから。グレてるのはあなたの方でしょ、ダリア。アハハハ!」
既に二人とも4杯ほど酒を飲み、酔っぱらっていました。
「ち、違うのよぉ〜!わたしはグレてなんか、いないわよぉ〜!!」
「アドリアン君、来年受験でしょ?受験勉強の邪魔しちゃダメよ、ダリア」
「邪魔なんかァ、してないわよォ!!今日だって、出かけようとしたら、"お母さん、ケンポウとケイホウはコウホウだよね?"って質問してきたから、ちゃんと答えて、解説までしてきたんだからっ!!」
「⋯嫌な予感しかしないけど、何て答えて、どういう解説をしたの?」
「ケンポウはカンフーとか空手みたいなやつで、ケイホウは地震とかあったときに鳴らすやつ。コウホウは会社の中の、宣伝担当みたいな部署よ!って。だからケンポウとケイホウはコウホウではありません!と解説してきたわ。我ながら、簡潔で要点を押さえた、素晴らしい解説よねっ」
「⋯ダリア、あなたは二度と解説をしちゃダメよ。あなたが解説してたら、アドリアン君は確実に落ちるわ!ケンポウっていうのは、この国の最高法規のことよ。チョコ国憲法のことよ」
「最高のほうきなんて、いらないわよォ!!掃除機があるし、私の家はマンションだから、庭は無いし⋯ほうきなんて、いらないわよォ!!」
「そのほうきじゃないわよ!まあ、ダリアが学生だったときはまだ、ブラックカカオがいたからね。チョコ国憲法はまだ存在してなかったから、授業で習ってないのよね」
クララがそう言うと、ダリアは何かを突然、思い出したような顔をしました。
「今、思い出した!ケンポウって、革命が起きたあと、え~と⋯名前なんだっけ。チョコレピカとかいう人が作ったやつじゃない!?」
「⋯そうだけど、チョコレピカじゃなくてチョコレツィカよ。あの人が全部作ったわけじゃなくて、草案⋯つまり下書きみたいなものを作ったのよ」
「えっとォ⋯そう!また思い出した!革命が起きたあと、よくテレビで解説してたよね⋯確か、人間の世界の⋯どこかの国のケンポウをお手本にして作った、って⋯」
「そうそう。日本よ、日本。チョコレツィカは日本の司法について調べただけじゃなく、歴史や文化についても勉強したのよ」
「あ〜、それよ、それ⋯日本!チョコレツィカの書いた本に、日本のことがたくさん書いてあるから、それが入試で出題されるって、アドリアンが言ってたわ。カジマイケンがどうとか⋯」
「カジマじゃなくてコジマよ、それ。児島惟謙でしょ?大津事件のときに司法権の独立を守り抜いた人で、護法の神様と言われている凄い人よ」
クララがそう説明すると、ダリアは目を丸くしました。
「えっ!?クララ、あなた、なんでそんなこと知ってるのよ!?詳し過ぎじゃない!?」
クララは、"私がチョコレツィカなのよ"と白状するわけにもいかないので、適当に誤魔化すことにしました。
「ア、アハハハ!わたし、ちょっと興味があって、調べたことあるのよ。チョコレツィカさんとか、日本とか、イギリスについて」
「そうなの!?そういえば、アドリアンが言ってたわ。イギリスもめっちゃ重要だって」
「え、ええ⋯そうなのよ。人権や法の支配について学ぶときに、イギリスは絶対外せない国なのよ」
「⋯なんか私、驚き過ぎて酔いが醒めてきちゃった!まさか、あなたがそんなに詳しいなんて⋯!ちょっと、私⋯アドリアン呼んじゃおうかな。ここに」
「えっ!?なんで?」
「だって、あなたならアドリアンのどんな質問にも答えられそうだし、上手に解説出来そうだもの!」
「そんなことないわよ!今は酔いたい気分なんだから、やめてよね!アドリアン君の家庭教師なら、また今度、喫茶店かどこかで、やってあげるから!」
クララはそう言って止めようとしましたが、ダリアは携帯電話をバッグから取り出し、「チョコレツィカの本を持って、バーに来なさい!」とアドリアンを呼び出してしまいました。20分ほど経って、アドリアンが店に入ってきました。
「お母さん、またお酒飲んでるの?仕方ない人だなぁ〜!」
「いいから、早くこっち来て、ここ座りなさいよアドリアン!!クララ、凄いんだから!」
「⋯凄いって、何が?」
「あんた今、その本を使って受験勉強してるでしょ?ケンポウがどうたらとか言って。クララ、その分野めちゃくちゃ詳しいのよ!」
「え?クララさんが?そうなんですか?クララさん」
「あ、いや、別に⋯まあ、多少は⋯」
「じゃあ、ちょっと問題出してみていいですか?」
アドリアンはそう言って本を開き、目の前にいるのがその本の著者だとは知らずに、書かれている内容から問題を作ってクララに出し始めました。
「じゃあ、まず⋯この本の著者であるチョコレツィカさんが子供の頃からしていたスポーツは何でしょう?これは、著者紹介のところに書いてあることです!」
「え!?何それ!そんなの入試に出ないよ!?」
クララは驚いてそう言いましたが、アドリアンはニヤニヤ笑っていました。アドリアンは冗談を言うのが好きな高校生だったのです。
「いいから、答えて下さいよ!」
「⋯サッカー」
「正解っ!!」
「それは⋯チョコレツィカがどんな人なのか、革命の直後から度々報道されてたからね。みんな知ってることでしょ」
クララは苦笑いしながらそう言いました。
「じゃあ、2問目いきますよ!"国家の三要素"といえば⋯」
「イェリネックでしょ?領域、国民、主権」
「第3問! "夜警国家"といえば⋯」
「ラッサール」
「"支配の3類型"といえば⋯」
「マックス・ウェーバーだよね?合法的支配、伝統的支配、カリスマ的支配」
「ホッブズといえば⋯」
「『リヴァイアサン』の著者。自然状態を"万人の万人に対する闘争"と表現した人だね」
「ある行為が行われた後に法律を作って、その行為を罰してはならないという⋯」
「遡及処罰の禁止だね。日本国憲法だと第39条」
「法の支配という理念を象徴する、13世紀イギリスの裁判官ブラクトンの言葉といえば?」
「国王といえども神と法のもとにある」
「⋯すごい!!クララさん、この本、絶対持ってるでしょ?かなり読み込んでますね!!」
「⋯あ、アハハハ⋯!そ、そうなのよ!その本、すっごく面白くって⋯つい、何度も読んじゃったの!アハハハハハ⋯!」
クララはそう答えてからギムレットを口に流し込み、"読んだとかじゃなくて、私が書いたんだってば!!"と心の中で突っ込みを入れました。




