第71話 女神
アルマンド・クレトゥは試合開始直後から、驚くほど積極的な攻めを見せてきました。
"リーチが長いんだから、距離をとって戦う方が有利に試合を進められるのに⋯こいつ、ガンガン向かってきやがる!何なんだよ、こいつ!"
ドルレットは意表をつかれて焦り、ジャブを数発もらいました。
"駄目だ、焦っちゃ駄目だ!冷静にならないと⋯!"
ドルレットは少し後退してから、前蹴りをしてアルマンドが近づけないようにしました。実際にヒットさせるための蹴りではなく、牽制するための前蹴りでとりあえず距離を保ち、次の作戦を考えることにしたのです。
「ドルレット!!それでいい!身体起こしたまま、次はローだ!ローを蹴れ!アヒル作戦は一旦、中止だ!!」
セコンドについているマリウスの声が聞こえました。
"そうだ、ローキックで、大木を根本から切り倒すように、倒せばいいんだ!"
ドルレットは頭を左右に振りながら、ローキックを繰り返し出して攻めました。
"ダッキングすると重心が前にいくから、蹴るときの軸足が不安定になる。だから『アヒル作戦は一旦、中止』なんだな"
ドルレットはマリウスの指示をそのように解釈しました。
"思った以上にリーチに差があって、パンチで倒すのは無理だ!元々おれの『売り』はキックなんだし、キックで倒してやるっ!"
ドルレットの重いローキックがアルマンドの脚に当たり始めました。太腿の外側や内側、ふくらはぎに次々とヒットし、アルマンドは試合開始直後のようにドルレットに接近することが出来なくなってきました。
「ドルレット!!いいぞ!!効いてるぞ!!」
マリウスがそう叫んだ直後、第1ラウンド終了のゴングが鳴りました。ドルレットはコーナーに置かれた椅子に座り、肩で息をしながらマリウスの目を見ました。
「今の調子でいけ!!奴は強いぞ!1回戦から、とんでもない奴と当たっちまったな!ハハハ!!あいつを倒さないと、お前の女神に会うことは出来ないぞ!ハハハハハ!!」
マリウスは目をギラつかせながら、楽しそうに笑っていました。ドルレットはチョコレツィカのことを詳しくマリウスに話したことは無かったのですが、「どうしても再会したい女性がいる。決勝まで進んだら、記者会見で、彼女に呼びかけたい」と話したことはありました。そのときもマリウスは、「そうなのか!その女性は、お前にとって大切な女神様ってわけだな!ハハハハハ!!」と笑いました。独身で子供のいないマリウスはドルレットの純朴な一途さを気に入って、息子のように思っていました。
「お前はおれの息子みたいなもんだ!だからジムにある物は何でも、遠慮なく使っていいぞ!だがSRチョコ400だけは、事前におれの許可を得てから乗れよ!お前が子供を助けにチョコネゴユ山に行った翌日、おれはバイクを取りに、わざわざ山の麓まで行ったんだからな!?まったくお前の一直線バカっぷりには、参っちまうぜ!ハハハハハ!」
マリウスは笑いながらドルレットに、そんなことを言ったこともありました。そのときドルレットは、「本当にすみませんでした!今度、『チョコイベリコ豚のポワレ・チョコバルサミコソースがけ』奢りますから赦して下さい!」と冗談で返しました。マリウスは以前、ドルレットに「おれがこの世で一番苦手な食べ物は、知人の息子の結婚披露宴で出された『チョコイベリコ豚のポワレ・チョコバルサミコソースがけ』だ!」と言ったことがあったのです。そのときは冗談で返しましたが、翌日の夜、ドルレットはマリウスを少しだけ高級なお店に連れていき、『チョコターユ産 オマールチョコ海老のカルパッチョ』と『チョコサーモンと帆立チョコ貝柱のチョコピーマン包み蒸し』を奢りました。マリウスは目を丸くして「何だこれ、めちゃくちゃ美味い!お前、いつもこんなもの食べてるのか!?」と訊きました。ドルレットは「そんなわけないでしょ!僕もこのお店、初めて入ったんですよ!」と答え、二人は大笑いしました。




