第48話 ひび割れた心
※五人の子供たちと母親が引き離されていた期間が三ヶ月あったと解釈出来る記述があったので、第43話を少し修正しました。ご容赦ください。
チョコレツィカは、『憲法と刑法をつくる国民会議』や暫定統治機関で中心的な役割を果たしていましたが、オティリアが毎日、部屋に閉じこもって泣いているという事実を突きつけられたとき、彼女の心には、大きなひびが入りました。
ひびは毎日少しずつ増えていき、最初にひび割れてから三ヶ月経った頃には、もう、いつ崩れ落ちてもおかしくない、ひびだらけの花瓶のようになっていました。彼女は、国民会議や暫定統治機関の仕事をしているときは、自分の中にもう一人の自分を無理矢理作るような感じで、意図的に感受性を閉じ、心を麻痺させていました。しかし当然、そのようなやり方は、少しずつ心を壊していくのです。夜、部屋で一人になったときにチョコレツィカが考えるのは、いつもオティリアのことでした。
ブラックハウスの爆破によって父親が殺されてから、毎日泣き続けているという、オティリア…。ケーキ担当大臣だった父親のチョコッティは、公安調査庁や親衛隊と共謀し、少なくとも数十万の罪無き人々を収容所に連行し、死に至らしめてきた男でした。しかし、家庭では娘を溺愛する、優しいパパだったのだろうとチョコレツィカは想像しました。そうでなければ、残された娘が毎日泣くはずはない…と。
オティリアの誕生日やクリスマスには、プレゼントを買ってきて、優しく微笑みながら渡したのだろう。オティリアはきっと、輝くような笑顔で、「パパ、ありがとう!」と言って包みを開け、箱から贈り物を取り出したのだろう。それは何だったのだろうか…可愛らしい、ぬいぐるみだろうか。素敵な物語の本だろうか…。贈り物をするのは、父親の方だけではない。オティリアも、大好きなパパの誕生日や、父の日には、きっと何か贈り物をしていたのだろう。可愛い文字で書かれた手紙も添えていたかも知れない。その手紙の最後にはきっと、「パパ大好きだよ!」と書かれているのだろう。普段は照れくさくて言えないことを、手紙に書いたりしていたのだろう…。
そんなことを考えているときチョコレツィカは、胸が張り裂けるような痛みを感じました。その痛みに耐えられなくなった彼女は、お酒に逃げるようになりました。お酒の量は毎日少しずつ増えていき、アルコール中毒と鬱病が並行して少しずつ進行していきました。それでも彼女は、"今、わたしが倒れたら、チョコクラージュの死が無駄になってしまう!"と考え、ひび割れだらけの花瓶のようになった心を両手で必死に包み、押さえ、崩れ落ちないようにしながら仕事を続けました。彼女は本当の自分を必死に隠していたので、チョコの国の憲法と刑法、刑事訴訟法が完成し施行されるまで、一緒に仕事をしている周りの人達の中に、彼女がそのような状態であることに気づいた人は一人もいませんでした。
ブラックハウスの爆破から一年と少しの時が流れ、憲法の規定に基づいて設立された国会の議席に座る者たちを決めるため、記念すべき第一回目の衆参同日選挙が行われました。チョコクラージュは人間の世界の日本をモデルにした政治制度を目指したので、設立された国会は衆議院と参議院の二院制でした。
チョコレツィカは国民から圧倒的な支持を得ていたので、「議員にならなくてもいいですから、せめて政党を創って、党首になって下さい!」と周りの者達に懇願されていました。しかし彼女は頑なに拒み、チョコクラージュの秘書官で、レジスタンスのメンバーだったチョコアデバルにも、「もし政党を創って選挙に出るなら、わたしは支持しない。支持しないことを国民にも公表する」と伝えていました。なぜかと言うとチョコレツィカは、自分や、国民から英雄として扱われているチョコクラージュの秘書官だったチョコアデバルが政党の党首になったら、選挙で圧勝してしまい、衆議院と参議院の両方で八割を超える議席を獲得するだろうと予想していたからです。チョコレツィカは人間の世界のナチス・ドイツについても知っていたので、ひとつの政党が圧倒的な支持を得ることは危険だと考えていました。圧倒的な議席数を得た政党は、国会で自分たちが作った法案を容易に通すことが出来るようになり、「チェック・アンド・バランス」と呼ばれる、三権分立の相互監視機能が働かなくなるということを彼女は分かっていたのです。




