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第49話 寂れた街で

 オティリアが毎日泣いていると最初に聞かされたときから、衆参同日選挙が行われチョコの国が新たな政治体制の下で動き始めるまでの約一年の間、チョコレツィカはデチェバルやレオンテと定期的に面談を行っていました。デチェバルは性格が極めて明朗快活であったことに加え、激しく父親を嫌っていたこともあり、面談を何度行っても、常にチョコレツィカに対して明るく、優しく接していました。

 レオンテは、父親の死にある程度ショックは受けていましたが、悪事を働いていた父親の自業自得だと考え、チョコレツィカに理解を示していました。

 一方、オティリアと、副大統領チャウチョコスの娘であるコドリナ、親衛隊隊長チョコシャルペの娘のマリオアラは父親の死によって心に深い傷を負っており、面談を拒否していました。

 その約一年の間に、チョコレツィカのアルコール中毒と鬱病は徐々に悪化していき、同日選挙から一ヶ月経った頃から、面談は行われなくなりました。

 面談が行われていた最後の二ヶ月くらいは、面談中のチョコレツィカの様子が明らかにおかしかったので、デチェバルやレオンテは暫定統治機関が彼らにつけていた専属の担当者にしばしば、「チョコレツィカさん、大丈夫なんですか?」と尋ねていました。しかし担当者たちはチョコレツィカに口止めされていたので、「ちょっと体調が悪いだけで、大丈夫だよ」と嘘を言っていました。

 デチェバル達がチョコレツィカに直接「具合悪そうですけど、大丈夫ですか?」と訊くこともありましたが、彼女は大丈夫だと答えていました。その頃の彼女の目はいつも虚ろで、充血していることもよくありました。目の周りは落ち(くぼ)み、顔も身体も痩せこけていました。

 民主主義の政治体制が整って国が動き始めた今、政治という舞台に自分の出番はもう無い、役割は終えたと彼女は考えました。自分に残された責務は五人の子供達を幸せにすることだという考えも、オティリアの現状を聞いて心がひび割れてからは、「わたしのような人間に、そんなことをする資格は無い」「死んで詫びるしか無いのかも…」という考えに変わっていきました。

 しかし彼女が自死することはありませんでした。それは、心の奥底に、ほんの僅かな"生きようとする力"が残っていたからでした。しかし彼女は、「オティリアの父を殺したというのに、わたしは、この期に及んで、まだ生きようとしている。なんて下劣な、最低な人間なのだろうか」と自分を責めていました。オティリアの父親を殺したのはチョコクラージュなのですが、彼女にとっては自分が殺したのと同じことでした。

 新たに発足した政府は、民主主義の国を創るうえで大きな貢献をしたチョコレツィカに名誉職のような地位を与えようとしましたが、彼女は固辞しました。無職となった彼女は寝泊まりしていた公務員宿舎を出て、中央省庁が集中しているストゥラローチレから遠く離れたチョコフィエルという街に居を移しました。チョコフィエルはチョコの国の東端に位置する非常に寂れた街で、賃貸住宅の家賃が安い、人が少なくて静かであるという二つの理由で彼女はそこを選びました。

 両親が収容所に連行された後、親代わりになって育ててくれた夫婦はまだ存命でしたが、チョコレツィカは「これ以上、迷惑をかけたくないし、こんな風になった自分を見せたくない」と思っていました。しかし彼女は、社会人になり初任給をもらったときからずっと、その夫婦の銀行口座に毎月、送金を続けていました。夫婦は「そんなこと、しなくていいんだよ」と何度も言っていましたが、頑固なチョコレツィカは送金を止めませんでした。

 彼女はチョコの国では知らない人がいないほどの有名人だったので、お店や工場などでアルバイトをすれば、マスコミや一般の人々が駆けつけて大騒ぎになることは容易に予想されました。また、その頃のチョコレツィカはひと目見て不健康だと分かるような容姿になっていたので、従業員の募集に応募しても、面接で落とされて採用はされないだろうと彼女は考えていました。

 彼女は、まだ元気だった頃、堅固な民主主義国家を創り、それを維持していくためには人権思想や民主主義を深く理解している国民を増やしていくことが大切だと考え、『基本的人権と民主主義』という論文を書きました。一般の人々にも読みやすいように平易な言葉で書かれたそれは書籍として出版され、ベストセラーになりました。彼女は国民的英雄として非常に人気があったので、多くの国民が彼女の本を買い求めたのです。

 チョコフィエルの簡素なアパートに転居したチョコレツィカは、著作の印税で家賃や光熱費、食費などを払いながら、世捨て人のような暮らしを始めました。印税暮らしといっても、広い部屋で優雅に暮らしていたわけではなく、簡素な狭い部屋で、毎日、孤独を抱えながらひたすら酒を飲むだけの暮らしでした。

 彼女は、そんな暮らしを始めた後も、育ててくれた夫婦への送金は継続し、定期的に「顔を見せに行けなくて、ごめんなさい。どんなときでも、お母さんとお父さんのことは愛しています」と書いた手紙を送っていました。チョコレツィカはその夫婦を呼ぶときは昔から、お母さん、お父さんと呼んでいました。

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