第46話 レオンテ
デチェバルとの面談を終えてしばらくすると秘書官のラスカルが、ブラックカカオの下で公安調査庁長官を務めていたチョコインベスの息子、レオンテを連れて来ました。ラスカルが開けたドアから部屋に入って来たレオンテは、チョコレツィカに向かってぺこりと頭を下げました。デチェバルほど礼儀正しくはありませんでしたが、"この子も、殴りかかってくるようなことは無さそうだな"とチョコレツィカは思いました。
しかしレオンテは、デチェバルとは全く違うタイプの少年に見えました。色白で、線が細く、金属フレームの眼鏡をかけているその姿は、ライオンに由来するレオンテという名前との組み合わせがちぐはぐに感じられるほど、繊細で、神経質そうに見えました。いかにもスポーツマンという感じのデチェバルとは対極的に見えたので、人を見た目で判断するのは良くないことだと分かってはいたのですが、チョコレツィカは少し警戒してしまいました。
部屋の中央に置かれた椅子に歩み寄ったレオンテは、ちらりとチョコレツィカの顔を見てから、ひと言も発することなく着席しました。チョコレツィカは手元にあるレオンテの資料に目を落としました。そこには、こう記されていました。
『年齢:14歳 カカオマス中学校2年生 チョコ数学:2 チョコ語:5 チョコ理科:2 チョコ社会:4 体育:2 音楽:4 部活動:無所属』
チョコの国の学校の評価は5段階です。なのでチョコレツィカは、"チョコ語が得意なんだな…。典型的な文系の生徒か"と思いました。
「レオンテ君、今日は面談のお願いに応じてくれて、ありがとう。予定していた時間より遅くなってしまって、申し訳ない」
チョコレツィカはまず、お礼を言いました。
「いえ…」
レオンテは、ほんの少し揺らす程度に頭を下げて、返事をしました。
「事前に担当者から説明を受けていると思うが、わたしは、君のお父さんを殺した人の、上司に当たる者だ。わたしも同じことを計画していた。もちろん、理由もなく、そのようなことを計画したわけじゃない。とても言いにくいことだが、君のお父さんは…」
「分かってます!」
大きな、鋭い声だったので、チョコレツィカの肩はビクッと跳ね上がりました。目を丸くして、レオンテを見つめました。レオンテは視線を床に落としていました。
「…分かってますよ…。お父さんは、たくさん人を殺していたんでしょ?だから、殺されたんでしょ?」
チョコレツィカは、ごくりと唾を飲み込みました。
「…そうだ。その通りだ。しかし、我々は、当たり前のことだが、君とお父さんは別だと思っている。君の中には、我々を憎む気持ちがあるだろう。それも当たり前だ。今は憎んでいて構わない。しかし、いつかは、分かって欲しいと思っている。我々は、どうしても、こうするしか無かったんだということを。そして我々は、君のことは全力で守っていくつもりだ。いや、"我々"なんて言うべきじゃないな。わたしが、このわたしが、絶対に君を守っていく。ふざけるなと言いたいだろう。それも分かる。今すぐわたしの気持ちを理解する必要は無い。ゆっくり、少しずつで構わない。今はまず、わたしがそういう覚悟を決めていることを知っておいて欲しいと思って、面談のお願いをしたんだ」
レオンテは黙ったまま床を見つめていました。二脚の椅子しか置かれていない殺風景な部屋に、重苦しい沈黙の時間が流れました。
「チョコレツィカ…さん…でしたっけ」
レオンテが、沈黙を破って、小さな声で言いました。
「ああ、そうだ。わたしは、チョコレツィカだ。何か訊きたいことがあったら、何でも訊いてくれ」
「じゃあ、教えて下さい。あなたのお父さんは、どんな人でしたか?」
レオンテの目は、チョコレツィカの目を見つめているのに、もっともっと遠くを、果てしない遠くを、悲しみの中で揺らめきながら見つめているような目でした。
チョコレツィカは突然の思いがけない質問に動揺しました。
「わたしの…父か?父は…とても優しい人だったぞ。わたしはサッカー少年ならぬサッカー少女だったのだが、最初は父がインサイドキックやインステップキックのような基本的な蹴り方や、パス、ドリブル、トラップといった技術を教えてくれたんだ。わたしの父はサッカー経験者だったからな」
チョコレツィカは、そう言ってレオンテに微笑みました。レオンテは咄嗟に視線を外して再び床に向け、少し震えているように見えました。
「…大丈夫か?どうかしたのか?」
チョコレツィカがそう訊くと、レオンテは肩を激しく震わせて、嗚咽し始めました。
「ど、どうしたんだ?わたし、何かまずいこと言ったか…?」
レオンテはしばらく嗚咽し続けましたが、やがて、震える声で、こう言いました。
「ごめんなさい…!ごめんなさい…!」
チョコレツィカは、とても驚きました。
「えっ!?な、なんで謝るんだ?」
レオンテは顔を上げ、涙でくしゃくしゃになった顔で、チョコレツィカにこう言いました。
「ぼくは…ぼくは、ブラックハウスの爆発でお父さんが死んだあと、テレビ番組で、アナウンサーの人が、あなたがどんな人なのか解説しているのを、観ました。あなたのお母さんも、お父さんも、殺されたんですよね。あなたが中学生だったときに連行されて、高校生のときに収容所で亡くなったと、解説していました。ぼくのお父さんはブラックカカオに気に入られて、とても若い頃から公安調査庁の長官を務めていました。だから、あなたの両親が連行されたとき、もう長官になっていたはずです。強制連行はブラックカカオの命令で、公安調査庁と親衛隊が中心になって進めていたということも、ぼくは解説を聴いて始めて知りました。ブラックカカオや、ぼくのお父さん、そしてぼくが…贅沢な暮らしを送っていた間、収容所に入れられた人達は、ほんの少しの食べ物と水だけを与えられて、一日に十時間以上も重労働をさせられていたということも。ぼくは、お父さんと一緒に、贅沢な暮らしをしていました。あなたのお母さんとお父さんを殺したのは、ぼくのお父さんです!そのお父さんと一緒に、ぼくは贅沢な暮らしをしていたんです!それなのに、あなたは…ぼくのことを、全力で守ると言ってくれました。ぼくとお父さんは別だと、言ってくれました。そして、ぼくに、優しく微笑んでくれました。なんで、なんで、そんなことが言えるんですか?なんで、ぼくに優しく微笑んだり、出来るんですか?もし、ぼくがあなたの立場だったら、絶対に、絶対に…出来ません…」
チョコレツィカは真剣な顔で、真っすぐレオンテを見つめていました。そしてレオンテの言葉を聴き終えると、静かにこう言いました。
「レオンテ君。苦しむのは、もう、やめよう。今日で終わりにしよう。何度でも言うが、君とお父さんは、別なんだ。全く別なんだ。お父さんの罪を君が背負う必要は、全く無い。君は、君自身を大切にして、褒めてあげなきゃダメだ。わたしは君の味方だが、君の一番の味方は、君自身なんだ。わたしは二番目の味方になると約束する。だから、君も約束してくれ。もう、自分を責めたりしない、と」
レオンテは嗚咽しながら、しっかりと返事をしました。
「…はい!」
チョコレツィカは立ち上がり、レオンテの前にしゃがみました。そして微笑みながら、彼の頭を優しく撫でました。




