第45話 その男、薫風のごとし
「⋯チョコレツィカさん?大丈夫ですか?どうかしましたか?」
言葉を紡ぐことが出来ずにいるチョコレツィカを見て、デチェバルが言いました。
「えっ⋯あ、いや、大丈夫!大丈夫⋯!ごめんなさいね。わたし、あなたがそんなに気さくに話してくれるとは思っていなかったものだから⋯びっくりしちゃって…」
「アハハ!そうだったんですね。他にも何かご質問があれば、何でも答えますから、遠慮なく訊いて下さい!」
デチェバルは少しおどけた笑顔で言いました。チョコレツィカは、"この男と話をして、この男を嫌いになる人は滅多にいないだろう⋯なんて感じのいい男なんだ⋯!"と思いました。
「じゃ、じゃあ訊かせてもらうが、君はサッカーをしていたんだな?」
「あ、はい!小学1年生で始めて、ずっとやっています」
「ここで生活するようになって、今は部活の練習や試合には参加出来ていない状態なのか?」
「あ、はい。でも、それは仕方が無いことですから、大丈夫ですよ!気にしないで下さい!」
「そうだったのか⋯我々の配慮が不足していて、すまなかった。君が練習や試合に参加出来るよう、早急に対策を練る。サッカー部には、君の父親が死んだのをいいことに、急に態度を変えていじめてきそうな奴とか、いる?」
チョコレツィカがそう尋ねると、デチェバルはアハハと少し笑ってから、真面目な顔でこう答えました。
「いえ、そんな人はサッカー部にはいませんよ。おれは父親が大統領だからと言って偉そうな態度をとったことは一度もありませんし、部の奴らは、おれが父親を嫌ってること知ってますからね。クラスメイトだって、同じですよ。おれに何かしてくる人がいるとしたら、学校と関係の無い、外部の人じゃないかな」
「なるほど。学校の友達とは、今でも定期的に会っているんだよな?」
「あ、はい。おかげさまで、会えています。一番仲がいいハラランビエって奴は二日に一度くらいのペースで、ここに来てくれています。チョコレツィカさんが用意してくれた車で。めっちゃ乗り心地がいいし、家や学校まで迎えに来てくれて、帰りは家の前まで送ってくれるって、喜んでましたよ。アハハハ」
「他の友達はどうだ?」
「あ、はい。一度、ハラランビエと一緒に来てくれました。また来るって言ってましたよ」
「そうか。それは良かった。サッカーの練習も、君が送迎用の車で学校まで行って、参加出来るようにしよう。学校の教室で授業を受けることについては、もう少し検討させてくれ。君が言う通り、外部から危険な人物が侵入してくる可能性があるし、警備を固めたとしても、100パーセント絶対に安全という状態には、なかなか出来ないからな」
「あ、はい。了解ッス!」
「ところで君は、ポジションどこなんだ?」
「えっ!?」
「あ、すまん。サッカーのポジションだ。実はわたしも幼い頃から、ずっとサッカーをしてきた人なんだよ」
「え〜っ!!まじッスか?びっくりです!チョコレツィカさんは、ポジションどこだったんですか?」
「わたしは小学生のときはフォワードだったが、中学に上がってからミッドフィルダーに転向したんだ。当時の監督の助言というか、方針でな。ボランチをやれと言われて」
「そうなんですね!おれはずっとサイドバックですよ!」
「ほほう⋯てことは、スタミナ抜群なのか?」
「まあ、そうッスね!アハハハ!チョコレツィカさんは、なんか⋯いかにもボランチって感じがしますね。うん…似合ってますよ、めちゃくちゃ!」
チョコレツィカはそう言われて、ちょっと嬉しくなってしまい、少し微笑みながら、
「そ、そうか?」
と言いました。
「はい!まじで似合ってます!」
チョコレツィカは、
「あ、ありがとう!アハハ」
と笑いました。彼女は、まさかその日の面談で自分が笑う機会に恵まれるとは、夢にも思っていませんでした。殴られるかもしれない、罵られるかも知れないと思っていた面談が、いまや逆に、心が癒される時間になっていました。チョコレツィカはデチェバルという、少年と青年の狭間にいる男から伝わってくる温かで頼もしい抱擁力に心底、驚いていました。
その後も二人は、好きなサッカー選手などについての話に花を咲かせ、予定していた終了時間を大幅に過ぎてから面談をようやく終了しました。部屋から出るとき、デチェバルはドアの前で振り向いて丁寧にお辞儀をし、「ありがとうございました」と言いました。
「こちらこそ、ありがとう。今後も定期的に面談の機会を設けたいのだが、いいかな?」
チョコレツィカがそう訊くとデチェバルは、
「もちろんです!」
と笑顔で言い、再びお辞儀をして、部屋から出ていきました。そのときチョコレツィカは、こう思いました。
"久しぶりだ⋯本当に久しぶりだ、こんなに清々しい気持ちになるのは⋯!"




