第43話 吹き荒れる嵐のなかで
チョコの国の法制度と政治体制が徐々に形作られていく中、それらが完成し正式な政府が発足し行政機関として機能し始めるまでの間、国家の秩序を守り国民の要望に応えていく暫定的な機関が必要だと考えたチョコレツィカは、暫定統治機関を作っていました。その構成員の多くがレジスタンスに籍を置いていた者で占められていたのでは独裁色が強くなり元の木阿弥になると考えたチョコレツィカは、自分以外にレジスタンスの出身者は入れず、テレビ番組に出演しチョコレツィカが独裁者になる可能性について言及していた学者などをあえて入れ、可能な限り、偏りが無く多様性をもつ暫定統治機関を目指しました。チョコレツィカのそのような姿勢は国民から高く評価され、人気は更に高まりました。
ブラックハウスの爆発により死亡した大統領ブラックカカオと公安調査庁長官チョコインベスの息子と、同じく死亡した副大統領チャウチョコス、親衛隊隊長チョコシャルペ、ケーキ担当大臣チョコッティの娘は、ミジカイノ県オモイザワにあるブラックカカオの別荘で母親や祖父母と暮らし始めていました。その暮らしが始まってから、チョコレツィカが中心となって組織された暫定統治機関は、五人の母親が圧政の中で行われた残虐な悪事にどこまで関与していたのか、三ヶ月に渡って調査を行いました。その結果、関与していなかったことが判明し、子供たちや祖父母とともに暮らし続けることを許可されたのです。
チョコレツィカは、五人の子供たちと向き合い、彼らを「納得」させ、救うことが出来るのは自分しかいないと考えていました。彼らは「ある日突然、父親を殺される」という経験をしたのであり、自分の父親を殺した側の人間たちが創り上げる新しい国で生きていかなければならないという、普通に考えれば、極めて耐え難い、過酷な状況に立たされているわけです。そんな彼らの前に、「あの子たちの精神面のケアをお願いしますね」と依頼された者が現れて、「どうも。カウンセラーです。今日からよろしくお願いします」と事務的に言ったところで、何の救いにもならないし、ロボットのような物にしか見えないだろうというのがチョコレツィカの考えでした。不安や憎しみ、怒り、悲しみなどが混ざり合った嵐が心の中で吹き荒れている状況でも耳に届く声があるとしたら、それは同じような嵐を経験し、今でも彼らと同じ嵐の中にいる者の声だろうとチョコレツィカは考えたのです。
チョコレツィカは、彼らに会ったらまず、自分はあなたたちの父親を殺した人の上司であり、自分もあなたたちの父親を殺すことを計画していたと、正直に言うつもりでいました。子供を相手にそんなことを言うのはあり得ない!怯えて、泣き出すに決まっている!虐待だ!残酷だ!犯罪的行為だ!と非難する人もいるだろうとチョコレツィカは分かっていましたが、「わたしの両親を殺したのは、あなたたちの父親なんだから、お互い様でしょ」と、あらゆる虚言を排除した、純度100パーセントの本音をぶつけて向き合うことでしか、彼らを本当の意味で幸せにすることは出来ないと考えていました。
チョコレツィカは、幸せとは、「心の底から信じることが出来る人が、たとえ一人でも、いる状態」だと考えていました。彼女は、五人の子供たちにとってのそれになってみせると、決意していたのです。普通の人は、「あり得ない!自分の父親を殺した側のボスみたいな奴が、信じられる唯一の存在になんて、なるわけないでしょ、バカバカしい!」と言うでしょう。しかしチョコレツィカは、逆だと思っていました。「チョコの国の国民で、ブラックカカオや閣僚が殺されたことを、悲しんでいる人はほとんどいない。一番悲しんでいるのは子供たちで、二番は妻だろう」「場合によっては子供たちと同じくらい悲しんでいる妻もいるだろう」チョコレツィカはそう考えたうえで、「もし、痛みを感じることも悲しむことと同じであると認められるのであれば、三番目は絶対にわたしだ」とチョコレツィカは考えたのです。
両親を殺された経験をもつ彼女は、多くの人々が殺害され続ける日々に終止符を打つために独裁者と閣僚を殺し、5人の子供たちから父親を永遠に奪ったことで、筆舌に尽くしがたい心の痛み、苦しみを感じていました。彼女にとって、チョコクラージュが殺したということは、自分が殺したのと同じことでした。ブラックカカオによる独裁が終わったことで、国民は喜びに包まれており、国民が殺したわけでもないので、痛みを感じている国民など、一人もいないのです。「わたしは過去に戻ったとしても、また同じようにブラックカカオと閣僚の殺害を計画するだろう。わたしは後悔しているわけではない。いまでも、それ以外に方法は無かったと思っている。しかし、心は痛むのだ。死ぬほど痛みを感じるのだ…」チョコレツィカは夜、一人でそんなことを考えていました。
「これほどまでに痛みを感じているわたしなら、五人の子供たちと向き合える。子供たちを救うことが出来るはずだ。図々しいとか、傲慢だとか、あり得ないとか、文句を言いたい奴は、言えばいい。わたしは絶対に、やり遂げる…」




