第39話 転送された者たち
時を同じくして人間の世界では、 行方不明になっていた百人以上の人々が、それぞれの自宅近くの病院に突如、現れたので大騒ぎになっていました。それらの人々は一様に極度の栄養失調状態でとても衰弱しており、ただちに病院関係者によって救急外来や救急処置室へと運び込まれました。そのあと直ちに血圧、脈拍などのバイタルサインの計測が行われ、看護師と医師によって救急処置が行われました。
ラクラミキオアラとお母さんは、ブラショフにある、ラクラミキオアラが生まれた病院の前に転送されました。二人はすぐに担架に乗せられ、病院内に運び込まれました。そして救急処置を施されて、少しずつ、快復していきました。
ペイズリー3世は、チョコ警察のパトカーで転送される際、魔法使いが住む世界への入口があるラスノフ渓谷のあたりを指定しました。いつも通り人間の世界に遊びに行ったまま行方不明になった3世の捜索が、1世を含む魔法使い達によって行われているだろうと考え、彼らに発見してもらえる可能性が最も高い、ふたつの世界を結ぶ出入口のあたりを指定したのです。はたして3世は転送後すぐに発見され、急いで魔法使いの世界へ搬送され、快復魔法による処置が行われました。
ドイナが転送先に指定したのは、ブランの森の奥深い場所でした。彼女の家族はラスノフの市街地近くの林に住んでいるのですが、ドイナはムネアカヒタキという鳥の妖精なので、家族も鳥なのです。鳥の家族に出来る救急処置といえば食べ物を与えるくらいのことですが、栄養失調から快復させる際は、普段通りの食べ物をただ与えればいいというわけにはいかないのです。
激しい栄養失調の状態で急に平時と同じものを食べると、体内の血糖値が急上昇します。インスリンが大量に分泌され、血液中のカリウムやリン、マグネシウムなどの電解質が急激に細胞内へと移動します。その結果、血中電解質のバランスが崩れ、心不全や呼吸不全、最悪の場合はショック死を引き起こします。 リフィーディング症候群(再給餌症候群)と呼ばれるこの現象は、人間だけでなく鳥類でも発生するのです。
ドイナは人間の姿になっていたので、人間の病院で救急処置を施してもらうという選択肢も考えましたが、彼女は「治療費を払えないし、住所や学校名を訊かれても答えられないな…」と思い、却下しました。そもそも、姿は人間でも正体は鳥の妖精なので、人間と同じ処置を受けて快復するのか疑問でした。
彼女は最終的に、思い切って森の女王ガブリエラに頼ることに決めました。ブランの森には樹の精霊ドリュアスがたくさんいるし、ガブリエラは森を常に見守っている存在なので、気づいてもらえる可能性が高いだろうと考えたのです。彼女の中には、生き延びたいという気持ちがもちろんありましたが、それ以上にあったのは、「もしわたしが死んだら、家族が悲しみに暮れてしまう。家族に悲しい思いはさせたくない」という気持ちでした。
ガブリエラが住んでいる亜空間への入口になっている橅の樹の座標は分かりませんでしたが、転送作業を行っていた第三機動隊の隊員がドイナにブランの森とラスノフ、ブラショフの位置関係が分かる画像を見せ、「だいたい、このあたりでお願いします…」とドイナが転送先の指定をしました。
ドイナがブランの森に転送されると、森の女王ガブリエラはすぐにそのことを感じ取り、自ら助けに向かいました。ドイナはガブリエラの城に運び込まれ、ガブリエラのもつ不思議な力によって快復していきました。




