第35話 チョコアデバル
「…はい」
「もしもし?わたしだ、チョコレツィカだ」
「あっ、大臣!何度もお電話をおかけして、申し訳ございません。いま、どこにおられるのですか?爆発があったブラックハウスの現場ですか?」
「そうだ。わたしは携帯電話の電源を切っていたのだ。こちらこそ、すまなかったな」
チョコレツィカは電話に出たチョコイアズに、自分がチョコクラージュの死を確信していることを伝え、詳しい事情は後で話す、と言いました。そして副大臣付きの運転手であるチョコノルの携帯電話の番号を教えてもらいました。
チョコクラージュには秘書官が二人おり、そのうちの一人がチョコイアズでした。チョコイアズは比較的最近、秘書官に任命された官僚で、レジスタンスとは関係が無く、チョコクラージュとの付き合いもまだ短く、浅い人物でした。もちろん彼もチョコクラージュの死には大きなショックを受けていましたが、彼にとってチョコクラージュは、「職場の上司」以上の存在ではありませんでした。
"チョコイアズよりも、問題なのはチョコアデバルだな…"
チョコレツィカは顎に指を当てて黙考しました。
もう一人の秘書官であるチョコアデバルは、チョコレツィカやチョコクラージュと同じレジスタンスのメンバーで、二人とは長い付き合いでした。チョコアデバルが初めてチョコクラージュに会ったのはチョコアデバルが四歳、チョコクラージュが九歳だったときです。チョコアデバルは母親と公園に来ていたときに、友達と遊んでいたチョコクラージュを見てニコニコしながらチョコチョコ駆け寄り、仲良くなったのです。チョコアデバルにとってチョコクラージュは、「近所の優しいお兄さん」でした。二人は何度も一緒に遊び、サッカーをして、成長していきました。二人の両親は彼らの成長を温かく見守っていましたが、ある日突然、言いがかりをつけてきた親衛隊によって収容所に連行され、殺されてしまったのです。チョコアデバルの両親が収容所で殺されたのはチョコクラージュの両親が殺された二年後でしたが、二人は癒えることの無い同じ悲しみと絶望を背負い、お互いの存在を支えにしながら、生きてきました。チョコアデバルはいつでも、チョコクラージュの背中を見つめて、生きてきたのです。チョコレツィカもチョコクラージュの幼馴染みなので、二人の間にそのような絆があることは知っていました。
チョコクラージュの性格をよく分かっていたチョコレツィカは、"非レジスタンス"であるチョコイアズはもちろんのこと、チョコアデバルにも、彼は自爆の計画を伝えず、隠していたのだろうと推測しました。伝えれば、彼を慕っているチョコアデバルが必死になって止めようとすることは分かり切っているので、伝えずに決行したのだろうと推測したのです。
チョコレツィカはブラックハウスの爆発を見てチョコクラージュの死を確信したあと、チョコアデバルに連絡すべきではないか?と一度は思ったのですが、その連絡が彼の心を打ち砕くことを分かっていたので、とても気が重く、まだ電話出来ずにいたのです。しかし、彼女はこう考えました。
"いずれにしても、いつかは必ず彼の耳に入ることなのだし、チョコレート計画担当副大臣秘書官の執務室は警察庁の庁舎内にあるので、間違いなく、黒煙を上げるブラックハウスを彼は既に見ている。もしかしてチョコクラージュがやったのではないか?と彼が推測している可能性は、十分にある…"
チョコイアズとの電話を終えたチョコレツィカは、覚悟を決めてチョコアデバルに電話をかけました。
「…はい」
「わたしだ、大臣のチョコレツィカだ」
「だ、大臣…!さきほどから、何度も電話をおかけしたのですが、繋がらなくて…。副大臣は…チョコクラージュ副大臣は、ご無事なのですか!?さきほどから副大臣にも何度も電話をかけているのですが、繋がらないのです!」
チョコアデバルの必死な声を聞いたチョコレツィカは、溢れそうになる涙を必死にこらえました。目を閉じて深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しました。
「彼は、死んだ。遺体を確認したわけではないが、まず間違いないだろう。わたしは、携帯の電源を切っていたんだ。すまなかったな」
チョコアデバルは驚きのあまり、言葉を失っていました。
「…大丈夫か?チョコアデバル…?」
チョコレツィカは目を開いて、声をかけました。聞こえてくる微かな声から、嗚咽している様子が伝わってきました。チョコレツィカは、崩れ落ちそうなチョコアデバルの心をなんとかして支えなければ、と思いました。彼女は、チョコアデバルが目の前にいると想像して、再び目を閉じました。そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めました。
「チョコアデバル。お前の気持ちは、よく分かる。わたしも、あいつを永遠に失ったと分かったとき、自分の中にある全てが崩れ落ちたように感じた。だけどな、チョコアデバル。あいつのことを本当に心から慕っているのなら、お前はその悲しみを、乗り越えなきゃいけないんだ。歯を食いしばって、立ち上がらなければいけないんだ。チョコクラージュは、わたしやお前と同じように、独裁者によって両親を殺され、絶望と恐怖の中で生きてきた。それはお前も、わたしと同じくらい、よく分かっているはずだ。あいつは、絶望と恐怖に負けなかった。両親が親衛隊に連行された日の絶望の涙を、独裁者への怒りと憎しみの赤黒い涙を、自由を勝ち取ったあとに流す美しい涙に変えるために、生きてきたんだ。あいつの目は、いつも澄み切っていた。本当の安らぎとは無縁の人生を生きていたのに、目だけは、いつも澄み切っていたんだ。それは、なぜだと思う?どんなときでも、輝かしい未来をだけを見つめていたからだ。人の支配に終止符が打たれ、法の支配が実現し、人権が保障される未来だけを、真っすぐに見つめていたからだ。子供たちが、大好きなお母さんやお父さんと毎日一緒にいられるという、あまりにも当たり前のこと。それが本当は当たり前じゃないのかも知れないということを一番分かっているのが、わたしであり、チョコクラージュであり、お前なんだ。子供から親を奪って平気な顔をしている、悪魔のような人間がいることを、わたしたちは知っているんだ。そいつらを倒すためにわたしたちは、生きてきた。そしてチョコクラージュは、わたしが命を捨ててそれを実行するつもりであると知り、わたしや機動隊を守るために、自分一人で実行することを選んだ。そのおかげでわたしは今、こうして生きている。そのおかげで機動隊の隊員の子供たちは、お父さんを失わずに済み、隊員の妻は夫を失わずに済んだ。なあ、チョコアデバル。彼がそこまでしたというのに、わたしやお前が、ただ泣き崩れて、悲しみに暮れているだけなんて、そんなの絶対、駄目だろう?わたし達が、創っていかなきゃいけないんだよ。彼がいつも、澄んだ目で見つめていた、未来を。子供達がお母さんやお父さんと一緒に毎日笑顔でいられる、未来を!」
チョコアデバルは嗚咽しながらチョコレツィカの言葉に耳を傾けていました。聴き終えると、少し小さな、しかしとても力強い声で、こう言いました。
「…はい、絶対に、やります…!大臣と一緒に、絶対に、チョコクラージュ副大臣が夢見た世界を、創ってみせます!」




