第33話 罪と罰
チョコレツィカは第一機動隊隊長のチョコアルブとともに、正面ゲートからブラックハウスの敷地に足を踏み入れました。200メートル前方には、焼け焦げて黒煙を上げているブラックハウスの残骸が見えました。黒い瓦礫の山のあちこちで、まだ火が燃えていました。機動隊より先に到着し敷地の中に入っていた消防車があちこちに停められており、大勢の消防士達が消火や要救助者の捜索、がれきの撤去などの作業を行っていました。チョコレツィカは消防隊の隊長に「今の時点で生存者は見つかっていますか?」と訊きました。隊長は「いえ、まだ一人も見つかっていません。遺体は複数見つかっておりますが、損傷が激しく、身元の確認には時間がかかるものと思われます」と答えました。
チョコレツィカとチョコアルブは、ブラックハウスの建物の真裏にある駐車場へ向かいました。ブラックハウスに運転手付きの車で来た閣僚は建物正面玄関前の車寄せで車を降りて、運転手はそのまま車を建物裏側の駐車場に駐めるのです。チョコレツィカが駐車場に向かった理由はもちろん、ブラックカカオの大統領専用車や、他の閣僚の車の有無を確認するためでした。
「おお…まあ、こうなるよな」
チョコレツィカは目の前の光景を見て、つぶやきました。
大統領の執務室や閣議室があるブラックハウス本館、親衛隊の待機所として使用されていた東棟・西棟を全て吹き飛ばすほどの爆発だったため、駐車場にも大小様々な建物の破片が散らばっていました。駐められている車の中には、大きな破片が屋根に落ちて大きく凹んでいるものもありました。
通常の防弾ガラスの五倍の強度を持つ特注のガラスが使われている大統領専用車は、見た目がかなり特徴的なので、有ることがすぐに分かりました。それ以外の車は全部で二十台ほど駐められていましたが、そのうち閣僚の車は四台のみで、他は親衛隊の専用車と、チョコクラージュが乗ってきた副大臣専用の公用車でした。チョコの国では全ての閣僚に、チョコタ自動車というメーカーのセンチョコリーという車が公用車として貸与され、他の車でブラックハウスに来ることは禁止されているので、閣僚の車はすぐに分かるのです。ナンバープレートを見ればどの閣僚の車なのかも分かるので、チョコレツィカは一台ずつ確認していきました。
駐めてあったのは副大統領チャウチョコス、親衛隊隊長チョコシャルペ、ケーキ担当大臣チョコッティ、公安調査庁長官チョコインベスの車で、無かったのはキャンディ担当大臣のチョコム、スナック菓子担当大臣のサクサクチョコス、アイスクリーム担当大臣のヒエチョコス、その他の食べ物担当大臣のホカチョコス、財務大臣のゼニチョコス、文部大臣のガリベンチョコス、国土交通大臣のチョコドウロ、厚生大臣のゲンキチョコスの車でした。
チョコレツィカはチョコクラージュが何を基準にして閣僚をふたつに分けたのか、すぐに分かりました。それぞれの閣僚がこれまでに重ねてきた罪の重さによって、爆破の現場に誘い出す者達と、誘い出さずに生かしておく者達とに分けたのだ、と。
大統領ブラックカカオと、車があった四人の閣僚は、数え切れないほどのレジスタンスのメンバーの逮捕、投獄、拷問、殺害に深く関わっており、車が無かった他の閣僚達は、大統領や四人に比べれば少しはマシであることをチョコレツィカは知っていたのです。
チョコクラージュはおそらく、ブラックカカオとともに殺すと決めた四人の閣僚に、連絡をした。それは、会議の開始時刻が変更になったという連絡だ。ブラックカカオには、何か捏造した証拠を見せて、「閣僚の中に裏切り者がいる可能性があります。最も信頼できる四人だけを集めて、急いで対策を練りましょう」とでも、言ったのかも知れない。そして、他の閣僚には「今日の会議は中止になりました」と連絡をする。ブラックカカオに「なぜ大臣のチョコレツィカではなく、副大臣のお前が一人でノコノコやって来て、そんなことを言い出すのだ」と言われるかも知れないが、どうせブラックカカオと四人を殺してしまうのだから、「そのチョコレツィカが首謀者だからです!」くらいの大胆なことを言ってしまっても問題は無い。そうして四人だけを、まだチョコレツィカが来ていない早い時間に閣議室に集め、爆破を実行した…チョコレツィカはそう推測しました。
チョコレツィカ自身は、四人以外の閣僚達が犯してきた罪も十分過ぎるほど死刑に値すると考えていましたが、法の支配や罪刑法定主義について学んだ彼女は、"わたしが全ての閣僚を殺すにしても、何人かを選んで殺すにしても、死刑を執行したということには絶対にならない。いずれにせよ、それはただの殺人だ"と分かっていました。何が罪であり、それに対してどのような刑罰を下すかは、あらかじめ法律によって定められていなければならないという考え方が、罪刑法定主義です。大統領ブラックカカオや閣僚達がどれだけ悪いことをしていても、法律で定められた手続きを踏まずに勝手に殺したら、それはただの「殺人」なのだと、彼女は分かっていたのです。
しかし、そもそもチョコの国に、法律はありません。ブラックカカオか「おれが法律だ!」と怒鳴り、何もかも勝手に決めて、誰も文句を言えないのがチョコの国なのです。それなのに、法定手続きもくそも無いじゃないか!と、チョコレツィカはずっと悩み、考え続けてきたのです。そうやって考えている間にも、毎日、何十人もの罪の無い人達が逮捕され、収容所に入れられ、殺されていきました。ブラックカカオ直属の親衛隊は、ブラックカカオの警護だけでなく、日頃から巡回警備と称して市街に出ることがよくありました。そして、ただの言いがかりのような理由で市民を逮捕し、収容所に送るのです。連行される両親に泣きながらすがりつき、親衛隊の隊員に怒鳴りつけられる子供を、チョコレツィカは子供の頃から何度も見てきました。そういう経験を数え切れないほどチョコレツィカは重ねてきて、「もう、いい。この状況を終わらせることが出来るのなら、わたしは悪になってやる。人殺しになってやる!」と決意したのです。
それを実行しようとした日に、自分が人生の中で恋をした、ただ一人の相手を失ったチョコレツィカは、"これは、罰が当たったということなのだろうか?非暴力を貫かず、暴力という手段を選択したわたしに、罰が当たったということなのだろうか!?"と思いました。それはブラックハウスの爆発を目撃し、放心状態で車を路肩に停めたときのことです。そのあと彼女は、心の中で、こう叫びました。
"もし、神がいるなら教えてくれ!それなら、わたしは一体どうすれば良かったと言うんだ!他に、どんな方法があったと言うんだ!"
返事は無く、神がいるのかどうかは相変わらず分からないままでした。彼女は、人生なんて、ただの暗闇だと思いました。絶望したその瞬間、ひとりの、ちいさな女の子の力強い声が、心の中に響き渡ったのです。
「代わりに、わたしを殺してもいいですから!だから、その子を殺すのはやめて下さい!」
その声を聞いたとき、彼女は生まれて初めて、神様の声を聞いたような気持ちになりました。
チョコレツィカはチョコクラージュが爆破したブラックハウスの残骸を眺めながら、あのとき聞こえてきた女の子の声をもう一度、心の中に響かせてみました。
「代わりに、わたしを殺してもいいですから!だから、その子を殺すのはやめて下さい!」
わたしを自爆という形の死へ導こうとする神様に向かって、チョコクラージュは、全く同じことを叫んだのかも知れない。そして神様は、その願いを叶えたのかも知れない。チョコレツィカは、そう思いました。




