第31話 自由及び権利のために
チョコレツィカは、自分がブラックハウスの爆破を計画していたことをチョコクラージュが察していたかどうかは分かりませんでしたが、いずれにしてもブラックカカオを倒すためにチョコレツィカが命を落とすという事態を回避するために彼が先にブラックカカオを爆殺したことに疑問の余地は無いと考えました。彼女はチョコクラージュの携帯電話の番号をもちろん知っていましたが、ブラックハウスの爆発を目撃した後、一度もかけることはありませんでした。それほど強く彼の死を確信していたのです。
チョコレツィカは機動隊を総括する警備部長のチョコアルバストルに携帯電話で電話をかけました。警備部のある警察庁の庁舎とブラックハウスは2キロしか離れていないため、警察庁の窓からはブラックハウスのある場所から黒煙が上がっている様子が見えており、爆発の際に生じた音や振動も伝わっていました。そのため警備部に限らず警察庁の中はパニック状態になっていました。
「大臣!大変です!ブラックハウスが、爆発しました!」
チョコアルバストルは電話に出るなり、慌てふためいた声でそう言いました。
「わたしはちょうど、そのブラックハウスに車で向かっているところだったんだ。この目で見たから、分かっている」
チョコレツィカはわざと、もし仮にブラックハウスが意図的に爆破されたのだとしたら、その犯人に心当たりはあるかと尋ねました。チョコアルバストルは、"ブラックカカオ大統領を恨んでいない人を探す方が難しいくらいなので、心当たりがあり過ぎて、誰なのか分かりません!"と答えました。チョコレツィカは"確かにそうだな"と答えて苦笑し、人間の担送及び転送作業に当たっている第三機動隊を除く六つの機動隊をブラックハウスに集結させるよう命じました。
"爆発によってブラックカカオが死んだとして、一緒に死んだ閣僚が何名いたのか調べる必要がある。会議の開始時刻が迫っていたので、ある程度、既に集まっていたはずだ。早く調べたいが、ブラックハウスの敷地全体を囲むように配置されている守衛は無傷である可能性が高い。機動隊よりも先に単独でブラックハウスに行くのは危険だ"とチョコレツィカは考えたのです。
守衛は全員、銃を携行している。人数も百余名おり全員ブラックカカオ派なので、地位はチョコレツィカの方が上であっても、共犯者あるいは首謀者と疑われて拘束される可能性がある。チョコクラージュが車でブラックハウスに入ったにせよ徒歩で入ったにせよ、ゲートを通過する際、守衛は必ず通行証の確認をする。つまり守衛はチョコクラージュが官邸を訪れたことを把握している。その後に爆発が起きた。他の閣僚や副大臣はまだ誰も到着しておらず、彼が最初だった可能性もある。チョコクラージュはチョコレート計画担当の副大臣なので、実質的にチョコレツィカの直属の部下だと皆が知っている。そのことを根拠にしてチョコレツィカが指示役の首謀者、チョコクラージュが実行犯だと推測される可能性は十分にある…彼女はそう考えました。
彼女はさっきまで自分の意志に基づいて死のうとしていたのですが、状況がこうなった以上、もう絶対に生き延びなければいけないと思っていました。死んだら、チョコクラージュの死が無駄になってしまうからです。
"彼の死を無駄にしないために、わたしは生きる"
そう思ったとき、チョコレツィカは自分の中に、今まで感じたことの無いような情熱がメラメラと燃え上がるのを感じました。今までも彼女は情熱を燃やしてきましたが、それは両親を殺されたことに対する復讐を成し遂げようという情熱であり、ゴールが人の死だったわけです。それは、燃やせば燃やすほど自分の心も擦り減り、焼き尽くされていくような情熱でした。しかし、今度の情熱は違いました。スタートは大切な人の死でしたが、ゴールは、誰もが安心して幸せに暮らすことが出来る、平和な民主主義の国を創ることです。そのゴールは、ゴールであって、実はゴールではない。一度創ったから、ここで終わりというゴールは存在しない。永遠に続く挑戦なのだとチョコレツィカは思いました。"わたしが調べた人間の国のひとつ、日本の憲法の言葉を借りるならば、国民自身が「不断の努力」によって、獲得した後も守り続けていかなければならないもの。それが、自由と権利なのだ"チョコレツィカは、そう思いました。
日本国憲法第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
自由や権利というものは、困難の末に勝ち取ったその瞬間や、その後しばらくの間はとても貴重なものだと認識されるが、時が流れると、普段は全く意識しないほど、"あって当たり前のもの"になってしまう。ありがたみを感じる人の数は、どんどん減っていってしまう。そうなったとき、「豊かな生活とは、つまり経済的に豊かな生活のことである。それ以外に何の豊かさがあると言うのか?」と平然と口にするような国民が増えていく。そしてそういう国民は、チョコクラージュのような人がいたこと、ブラックカカオがいたことなど、まるで知らないし、関心が無いのだ。自分達の幸せが、悲しみや絶望の中で死んでいった数え切れないほどの人々の犠牲の上に成り立っていることに、目を向けようとしないし、認めようとしないのだ。チョコレツィカはそんなことを考えながら、機動隊が来るのを待っていました。




