第30話 健気な太陽
暗殺やクーデターを恐れていたブラックカカオは、副大統領も含めた閣僚と、副大臣以外の者がブラックハウスの敷地内に立ち入ることを一切禁止していました。つまり閣僚の側近である政務官や補佐官、秘書官でさえも、ブラックハウスの建物に入るどころか、庭園やヘリポートなどを含めた敷地に足を踏み入れることすら出来ない状態だったのです。更に閣議室で行われる閣僚会議も、一度閣議室に入ったら、閣議が終わるまで退室は出来ないという規則の下で行われていました。また、大統領が最初に入室し、閣議が終了したら最初に退室するという規則もありました。そのような形で閣僚会議が行われるので、爆弾を持ち込んで設置し、安全な場所まで逃げてから爆発させることは不可能でした。大統領を爆殺したいなら、手荷物検査で見つからないような工夫をして、自分も一緒に死ぬしか無いのです。
政務官や補佐官すら立ち入れないという馬鹿げた規則に対しブラックカカオ派の閣僚達は内心、"こんなんじゃ仕事にならない。ほんとバカだな、あいつ"と思っていましたが、そんなことを口にしたら処刑されるので、"大統領、素晴らしいお考えです!大統領は、わが国に無くてはならない存在。わが国の輝かしい未来のためにも、暗殺など、決してあってはならないのです!ブラックハウスに立ち入る人間を最小限に絞ることは、まさに賢明なご判断であると存じます"などと、適当にお世辞を言って済ませていました。そして帰宅してから妻に、"いや〜、今日も参ったよ。ブラックカカオが相変わらずバカでさ!でも、ちゃんと我慢したからね。次のボーナスが出たら、新車を買おう"などと言いながら、チョコをつまみにしてビールを飲んだりするわけです。盗聴器によってそのことが発覚し処刑された者が、今までに何人もいました。
チョコレート計画担当大臣であるチョコレツィカ以外の閣僚は皆、ブラックカカオに媚びを売り甘い汁を吸っている連中で、副大臣も似たようなクズばかりでした。一般市民の中から暗殺を企てる者が現れる可能性もありましたが、ブラックハウスの建物は機関銃を抱えた守衛で360度囲まれており、庭園などを含めた敷地全体を囲む塀の周りにも、同じように守衛が配置されていました。また、空からの侵入者を想定して開発された連装機関砲とレーダーを搭載した移動式の無人対空防衛システムが建物屋上と庭のあちこちに設置されていました。
そういった立ち入り制限や、入退室に関する規則、厳重な警備などを全て把握していたチョコレツィカは、「立ち入ることが可能な閣僚と副大臣の中で、ブラックカカオの暗殺を企てる可能性があり、それを実行することが可能なのは、わたしとチョコクラージュしかいない。ということは、爆破したのはチョコクラージュだ」と結論づけたのです。
チョコレツィカは、ブラックカカオを倒すために死ぬと決めた時点で、"これでもう、怖いものは何も無い。自分の命を差し出したのだから、もう盗られるものは何も無い"と思っていました。それなのにまた、盗られたのです。自分の命よりも大切なものを盗られてしまったのです。
「不幸や悲しみというものは、一体どこまでしつこく、わたしを追い回し、つきまとえば気が済むのだろう!」
彼女の心は悲しみの深淵に落ちていきました。
「人生なんて、ただ苦しくて辛いだけじゃないか!何もかもが、黒く塗りつぶされた闇だ!暗闇だ!」
心の中でそう叫んだ次の瞬間、彼女の心に、力強く勇敢な女の子の声が響き渡りました。
「代わりに、わたしを殺してもいいですから!だから、その子を殺すのはやめて下さい!」
それはチョコレツィカが監獄棟の廊下を歩いていたときに地下室の中から聞こえてきた、ラクラミキオアラの声でした。その声は、澄み切った一滴の雫のようにチョコレツィカの心に突然落ちてきて、そのまま、小さくて健気な太陽になりました。冷え切った心を温め、暗闇の中に一箇所だけ、明るい場所を作ってくれました。その場所はまだ広くはありませんでしたが、たとえ狭くても明るい場所がひとつ心の中にあれば、人は立ち上がり、また前を向くことができるのです。
チョコレツィカはこう思いました。
「ありがとう…ありがとう…。わたしは、あなたを見習わなければいけない。絶望の中で勇気を振り絞り、自分を犠牲にして人を救おうとしたあなたを。絶望に決して負けなかったあなたを…!」




