第29話 慟哭
チョコレツィカが運転する車は左折し、チョコの国の中央省庁が集中している都市ストゥラローチレ中心部の大通りに入りました。真っすぐ伸びる片側三車線、全六車線の道路の先に、ブラックカカオの心をそのまま建物にしたかのような黒い建造物が見えました。大統領官邸、ブラックハウスです。直方体のチョコレートケーキをモチーフにデザインされたというその巨大な塊は、その日のチョコレツィカには、自分の棺桶のように見えました。
チョコレツィカは、ブラックカカオを倒した後に造られる新しいチョコの国は、法の支配が徹底された民主主義の法治国家でなければならないと考えていました。彼女は、今から自分がやろうとしていることが、法の支配や非暴力の考えと相容れないものであることは分かっていました。しかし人間の世界における人権の歴史や議会制民主主義の歴史について学んだチョコレツィカは、ブラックカカオに権利請願のようなものを提出して「国民の権利を認めてくれ」と言ったところで、「ふざけるな!」の一言で、提出した者が死刑になって終わりだと考えていました。実際、そのようなことを進言してブラックカカオの機嫌を損ね処刑された者は、ブラックカカオの祖父や父が支配していた時代も含めて、数え切れないほどいたのです。法の支配は必ず実現させなければならないが、そのためには人の支配を終わらせなければならない。ブラックカカオを排除して人の支配を終わらせるにはこうするしか無いのだとチョコレツィカは苦渋の決断を下したのです。
少しずつ暗さを増してゆく曇天の空の下に佇むブラックハウスを、チョコレツィカは見つめていました。そのとき、目を疑うような、信じられない出来事が起きました。見つめていたブラックハウスが、高いところからコンクリートの床に落ちた花瓶のように、粉々に砕けて弾け飛んだのです。灰色の粉が、粉々に砕けた黒い壁と混ざり合って噴出しました。続いて火球のような炎の塊が内側から顔を覗かせ、それはすぐに黒煙と混ざり合って、おぞましい悪魔の幻影のようなものになりました。
爆発の瞬間からほんの一瞬遅れて、鈍い爆発音が密閉された車内に響きました。びりびりと痺れるように車の窓ガラスやハンドルが振動し、チョコレツィカは思わず「うっ!」と声を上げました。あまりにも驚いたので、何が起きたのか脳がきちんと認識するまで、十秒ほどかかりました。もくもくと立ち上る黒煙を見つめながら、チョコレツィカはまず、こう思いました。
「ブラックハウスが、爆破された!」
次に、こう考えました。
「誰だ!?誰が、爆破したんだ?わたしがこれからするつもりだったことを、一体、誰が…」
そこまで考えたとき、チョコレツィカの血の気が引きました。
「…チョコクラージュ!!あいつしか…いない!!」
チョコレツィカは自分の心が、さっき見たブラックハウスのように、粉々に砕け散るのを感じました。無意識のうちにブレーキペダルを踏んでいました。急に止まったので、後続の車の運転手が怒鳴りながらクラクションを慣らしました。チョコレツィカはがたがた震えながら、車を路肩に寄せて止めました。がたがた震えていたのは後続の車のせいではなく、雪崩のように襲いかかってきた悲しみのせいでした。ハンドルに両手を乗せたまま、チョコレツィカは自分の額をハンドルに打ちつけ、目をぎゅっと閉じました、涙が止め処なく溢れ出てきました。
「女だからって…甘やかさないでくれと…子供の頃から、あれだけ何度も言ってきただろう!!チョコクラージュ!」
チョコレツィカはそう叫んで、何度もハンドルを拳で叩きました。そして内ポケットに折り鶴を入れたジャケットの胸に手のひらを強く押し当て、叫びました。
「チョコクラージュ…ばかやろう!!」




