第28話 チョコレツィカの選択
チョコレツィカは、大型のエレベーターに人間を乗せた担架を持って乗り込む第三機動隊の隊員たちを横目に見ながら、階段で一階に上がりました。外に出ると、テレポート装置を積んだパトカー20台が、5台ずつ4列に並べられていました。それぞれのパトカーのそばに人間を乗せた担架が置かれ、既に転送が開始されていました。
テレポート装置は、人間が住む地球の緯度と経度を入力すると、その場所に転送されるように出来ていました。緯度と経度は小数点以下7桁まで入力出来るようになっており、緯度と経度が分からない場合は住所や駅名などを入力すれば、その場所の航空写真が表示され、拡大して位置を微調整すればピンポイントで希望の場所を転送先として指定出来るようになっていました。そのシステムはチョコ人が自分達で全て作り上げたわけではなく、「地図とかは、人間が作ったやつをそのままコピーして勝手に使っちゃえばいいだろ!」というブラックカカオの鶴の一声で、勝手にコピーして使い、作られたものでした。
チョコレツィカは、転送作業を真剣な眼差しで監督している隊長のチョコイウビレに「じゃあ、あとは頼んだぞ」と言い、アタッシュケースを持って監獄棟の公用車が置かれている駐車場に向かいました。
助手席にアタッシュケースを置いたチョコレツィカはエンジンをかけ、ブラックハウスに向かって車を走らせました。アタッシュケースの中に入っているのは、ブラックカカオがいるブラックハウスと、それに隣接する、ブラックカカオ直属の親衛隊の待機所を一瞬で灰にすることが出来る力を持つプラスチック爆弾でした。
16時からブラックハウスで始まる『チョコレート計画定例会議』には、大統領ブラックカカオ、副大統領チャウチョコス、親衛隊隊長のチョコシャルペ、ケーキ担当大臣のチョコッティなど、数え切れないほどの罪を重ねてきた悪党の要人が全員出席する予定であることをチョコレツィカは把握していました。
彼女はチョコクラージュには"七つある機動隊のうちの二つで親衛隊と戦い、クーデターを成功させる"という趣旨の説明をしましたが、本当は最初から、そんなことをするつもりは全く無く、チョコクラージュに嘘をついていました。機動隊の隊長達や隊員達には、それぞれ親がいたり、妻や子供がいたりします。親衛隊と戦うことになれば、負傷者だけでなく、必ず死者も出るとチョコレツィカは考えていました。親が突然いなくなる悲しみを誰よりも知っていたチョコレツィカは、機動隊の隊長や隊員達の子供に、自分と同じ悲しみ、苦しみを味わわせたくないと思いました。それで、自分一人が犠牲になって済むのであれば、それが一番いいという結論に達したのです。わたしには親もいないし、夫も子供もいない。チョコクラージュは悲しむだろうけど、あいつなら必ず立ち上がって、前を向いて生きてくれるだろう。チョコレツィカはそう思いました。
ブラックハウスに向かって車を運転しているとき、チョコレツィカの心は、水を打ったように静かで、落ち着いていました。彼女は天国の存在を確信していたわけではないので、死んだ後、お母さんやお父さんに会えるかどうかは分からないと思っていました。「死ねば両親に会えるから」という理由で選んだ道ではありませんでした。"死んだ後のことなんて、分かるわけ無い"彼女はそう思っていました。
運転しながら、彼女は両親と幸せに暮らしていた頃のことを思い出していました。お母さんの温かい笑顔と、温かい手料理。ソファに腰掛けて、新聞を読むお父さんの姿。お父さんが、本を読み聞かせてくれたこと。チョコクラージュと、汗まみれになってサッカーをしたこと。怪我をしたとき、優しく絆創膏を貼ってくれたチョコクラージュの温かい手。全てが、昨日のことのように鮮明に思い出されました。チョコレツィカは片手でハンドルを握り、もう片方の手をジャケットの内ポケットに入れました。そして中に入っているものに、そっと指で触れました。それは10歳の誕生日にチョコクラージュがくれた、小さな小さな折り鶴でした。チョコクラージュには「書斎に飾っている」と言いましたが、本当は朝、ポケットに入れて、家を出てきたのです。
わたしの人生は、ブラックカカオを倒すための人生になってしまった。結婚も出来なかったし、子供をもつことも出来なかった。だけどわたしは人生で一度だけ、本当の恋をすることは出来た。だからわたしは満足だ。チョコレツィカは、そう思っていました。




