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第26話 温かい涙

 チョコレツィカは真っ赤に充血した目で、人間達に謝罪しました。

「謝って済む問題ではないと、もちろん分かっております。この償いは、いつか、必ず、させて頂きます!」

 彼女は重ねてそう言って、深々と頭を下げ、しばらくそのまま動きませんでした。沈黙を破って口を開いたのはラクラミキオアラでした。

「あの…頭を上げて下さい。あなたは、悪い人を倒すために頑張ってきたんですよね?あなたが謝る必要は無いですよ」

 チョコレツィカはゆっくりと頭を上げてから、こう答えました。

「わたしは、独裁者ブラックカカオを倒すために政治の世界に入り、今はあなた達人間を強制連行する計画、"チョコレート計画"の担当大臣をしています。もちろん、内部からチョコレート計画やブラックカカオ政権そのものをぶっ壊すために引き受けた職ですが…職とか立場とかを抜きにして、わたしは一人のチョコ人として、あなた達人間に、謝罪したいのです」

 そう言ったチョコレツィカの顔を、担架に乗せられたペイズリー3世が半開きの目で見上げていました。

「チョコレツィカさん…それなら…おれも、人間の世界に住む、一人の魔法使いとして…言わせてもらいますけど…」

 ペイズリー3世はとても衰弱していて、苦しそうでした。機動隊の隊員達は、一刻も早く転送した方がいいと考えて焦っていましたが、3世が何か大事なことを言おうとしているのを察して、それを言い終えるまでは我慢して待つことにしました。

「ありがとうございました…本当に…ありがとうございました。チョコレツィカさん…あなたは…さっき、おれのことを…助けてくれました。あなたがいなかったら…おれは、死んでいました。このお礼は、必ずいつか、しますから…」

 そこまで言って、ペイズリー3世は気を失いました。機動隊の隊員は、ラクラミキオアラとドイナに、ペイズリーの転送先をどこにするか相談しました。二人は、"彼が住んでいるところから一番近い大きな病院は、多分ルーマニアのブラショフにある病院だと思う"と伝え、隊員は"分かりました。ありがとう!"と二人にお礼を言いました。

 チョコレツィカも隊員達も、"チョコ人のせいでこんなことになったのに、治療は人間の病院に任せるなんて、自分達はなんて無責任なんだ!"と、もちろん思っていました。とても情けなく感じていました。けれどもチョコの国では人間の治療は出来ないので、他に方法が無かったのです。

 ラクラミキオアラは担架を抱えている二人組の隊員の一人に、「アネモナちゃんっていう、五歳の女の子がいるんです。とても危険な状態なんです。お願いします!」と言いました。隊員の手首をつかんで、アネモナが寝ているベッドまで引っ張って行きました。

 アネモナは昏睡状態で、隊員が声をかけても反応はありませんでした。隊員は慎重にアネモナを担架に乗せ、運んでいきました。アネモナのお母さんが隊員に住所と、一番近くにある大きな病院の場所を伝えました。お母さんはアネモナから離れるのは絶対に嫌だと本当は思っていましたが、自分よりももっと重篤な人がいるのに"アネモナと一緒に転送して下さい"なんて言えない、言いたくないと考えて、黙っていました。しかし隊員の一人がそれを察して、「お母さん、大丈夫ですよ。転送装置を積んだパトカーは十分な数を用意しています。全ての人達を転送し終えるまでに、それほど時間はかかりません。だからお母さんを、アネモナちゃんと一緒に転送させて下さい」と優しく言いました。お母さんは涙を流しながら、「ありがとうございます。ありがとう…」とお礼を言いました。

 それからお母さんとラクラミキオアラは、筆記用具を持っていた隊員に紙片とペンを借りて、住所を交換しました。アネモナのお母さんは、「必ずまた、会いましょう。アネモナはあなたのことが大好きだから、きっと会いたいって言い出すわ」と言ってラクラミキオアラを抱きしめ、アネモナが乗せられた担架に寄り添いながら地下室を出ていきました。

「ねえ、ラクラミキオアラ…」

 人間を乗せた担架が次々と運び出される中、ドイナがラクラミキオアラに向かって言いました。ラクラミキオアラは、「どうしたの?大丈夫!?」と、慌てた様子で返事をしました。

「違うの、体調のことじゃなくて…」

 そこまで言ってドイナが泣き始めたので、ラクラミキオアラは驚いて、慌てました。

「ど、どうしたのっ!?ドイナ!?」

「ラクラミキオアラ、ごめん…本当に、ごめん。わたし、ラクラミキオアラを守るって言っていたのに、全然、守れなかった。ラクラミキオアラが殴られそうになっているのに、怖くて、脚がふるえて、一歩も動けなかった。ごめんなさい…」

 ドイナの目から、ぽろぽろ涙がこぼれ落ちました。

 ラクラミキオアラはドイナを抱きしめて、優しく髪を撫でました。

「謝らなくていいよ、ドイナ…。わたしだって、心ではしたいって思っていたのに、怖くて出来なかったこと、たくさんあるよ?それは、誰にでもあることだよ。それに、こんなこと言ったらドイナは怒るかも知れないけど…」

「えっ?何?」

「もしドイナがわたしと同じタイプの人だったら、わたしドイナとこんなに仲良くなっていなかったと思う。ドイナは小さくて可愛い鳥の妖精だから、トンビとかノスリを見たら、怖がって逃げるでしょ?人間だって、熊やサメが目の前にいたら、そりゃ逃げるよ。それは良い悪いじゃなくて、本能だよ。わたしは、ドイナのそういう可愛いところが大好きなんだから!わたしは別に、最強のドイナを求めて生きてるわけじゃないよ!?だから別に、強くならなくていいよ。むしろ、そのままのドイナでいてよ」

 ラクラミキオアラはそう言って、優しく微笑みました。ドイナの目からはまだ涙がぽろぽろこぼれ落ちていましたが、さっきまでの涙とは違う、温かい涙でした。

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