第25話 少年と少女
守衛が一人もいなくなったことを確認すると、チョコレツィカは第三機動隊隊長のチョコイウビレに、全ての担架をコンテナトラックから降ろすよう指示しました。チョコイウビレはすぐに隊員に命じて、荷降ろしが始まりました。
チョコレツィカ達は気づいていなかったのですが、実はそのとき、監獄棟の内部にはまだ、ブラックカカオ派の守衛が残っていました。守衛のうちの二人が、見回りと称して、ラクラミキオアラ達がいる地下室を訪れていたのです。しかし実際にはそれは見回りなどではなく、人の心を失った悪魔達の、ストレス発散のための遊びのようなものでした。
二人の守衛のうちの一人が、気力も体力も尽き果て、うつろな目でか細い呼吸をしている人間達に向かって、銃を片手に大きな声で演説をしていました。その守衛は、ラクラミキオアラ達が騙されて監獄棟の敷地に足を踏み入れたときに、ペイズリーを銃で殴った守衛でした。
「いいか、お前ら。お前らをどんな風に扱おうが、おれたちの勝手だ。殴ったって蹴ったって、誰も咎めない。希望など、持たないことだ。お前たちは死ぬまで、ここから出られないんだからな。それがブラックカカオ様のお望みなのだ」
もう一人の守衛はその演説を聞きながら、横で笑っていました。
恐怖と絶望で静まり返った地下室に、一人の少年の声が響きました。
「おい、クズ野郎…いい加減にしろよ…!」
よろよろと立ち上がって、怒りの声を上げたのはペイズリー3世でした。
3世は顔も身体も痩せこけて、青白くなっていました。口角炎と口内炎が悪化して、口からは唾液と混ざった血が流れ出ていました。
ふらふら、よろけながら近づいて来るペイズリー3世を見て、演説をしていた守衛は一瞬ぎょっとした表情を見せましたが、すぐに舌打ちをして、こう言いました。
「あん?なんだぁ!?このガキ…!まさか、おれたちに逆らおうってのかぁ?ハハハハハ、そんなに死にてえのかよ!…ん?なんか見覚えがあると思ったら、前におれが銃で殴ってやったガキじゃねえか。まだ懲りねえのかよ!」
守衛は笑いながら3世に歩み寄って、3世の、ボサボサに乱れている髪の毛を乱暴につかみ、引っ張りました。そのまま壁際まで引っ張って連れて行き、3世のおでこをコンクリートの壁に打ちつけました。
「うう…」
3世は気絶はしませんでしたが、目はうつろで、もはや涙すら出ないような状態でした。守衛は銃を3世の後頭部に押し当てました。
「やめて下さい!」
叫んだのはラクラミキオアラでした。
「代わりに、わたしを殺してもいいですから!だから、その子を殺すのはやめて下さい!」
ラクラミキオアラも痩せこけていましたが、瞳の奥の強い光は消えていませんでした。
「あん?なんだ、もう一人、生意気なガキがいたのか。くそったれ…」
そう言って、もう一人の守衛がラクラミキオアラに歩み寄りました。そして、銃を振り上げて、殴ろうとしました。そのときにラクラミキオアラを守ろうと覆いかぶさるように抱きしめたのは、やっぱりチョコ姫でした。
「邪魔するなッ!!この、クソガキッ!!」
守衛の大きな怒鳴り声は、廊下にまで響いていました。
入口のドアが、静かに開きました。怯えていた人間達は、一斉にドアの方に視線を向けました。地下室には窓が無く、廊下の照明は明るいので、逆光になってよく見えませんでしたが、浮かび上がった黒いシルエットで、ドアを開けたのが女性だということは分かりました。女性は片手で銃を構えていました。大きな銃声が二回響き、驚いた人間達は叫び声を上げました。
3世に銃を押し付けていた守衛の後頭部と、ラクラミキオアラを殴ろうとしていた守衛のこめかみに、それぞれ穴が開き、血が流れ出ました。二人は即死の状態で、バタリと倒れました。
守衛を銃殺した女性は部屋の中に入って来て、床に転がっている守衛の身体を、思い切り蹴飛ばしました。
「この、ゴミクズ野郎がっ!!」
女性は怒りにふるえていました。肩で息をしていて、まるで仁王像のような、おそろしい目つきで守衛を見おろしていました。その女性は言うまでもなく、チョコレツィカでした。
しばらくすると、チョコレツィカはようやく落ち着きを取り戻し、廊下にいる第三機動隊の隊員達に向かって、こう言いました。
「少年の手当てを!急いで!応急処置が終わったら、担架に乗せて、出来るだけ早く転送を!人間の世界の病院に、直接転送して!」
そのとき、ペイズリー3世が魔法使いであることを知っているラクラミキオアラが、
「ペイズリー…人間の…病院で…大丈夫なの?」
と、途切れ途切れの、弱々しい声で訊きました。
「大丈夫…。ラクラミキオアラの家で過ごしてたときに、こっちに飛ばされたわけだから…人間からも見える姿になっているし、同じ治療で、大丈夫…」
と答えました。チョコレツィカは驚いて、
「えっ!?君、人間じゃないの?もしかして魔法使いか、妖精?」
と訊きました。
「アハハ…よ、よく知ってます…ね…。魔法使いです…」
「そうだったのね!」
チョコレツィカはそう答えてから、人間達に、自己紹介と状況の説明をし始めました。
「みなさん!落ち着いて聴いて下さい。わたしは、この、チョコの国に住んでいるチョコレツィカという者です。今この国は、ブラックカカオという最悪な独裁者に支配されています。わたしは、その独裁者を倒すために生きてきました。あなた達をこの世界に勝手に転送して、騙してここに誘い出して閉じ込めたのも、ブラックカカオです。今からあなた達を、元の世界に転送していきます!重篤な状態の方を優先する形で転送を行いますが、必ず皆さん全員を元の世界に帰しますので、どうか、わたし達の指示に従って下さい。お願いします。本当に、本当に、申し訳ございませんでした」




