第23話 嬉しかったこと
チョコレツィカは、再びゆっくりと窓際に歩み寄り、曇天の下にひろがる景色を眺め始めました。
「チョコクラージュ…わたしとお前には、たくさんの思い出がある。過去は振り返らないという姿勢も立派だと思うが、わたしはやっぱり、そういうタイプでは無いんだ。わたしは、いつも思い出に支えられて、生きているんだ。悲しいこともたくさんあったが、お前とサッカーをした思い出や、お前がわたしの家に来て、他の友達と一緒に、誕生日を祝ってくれた思い出…楽しかったことも、たくさんあった」
チョコクラージュは黙ったまま、逆光で影絵のようになったチョコレツィカの背中を見つめていました。
「お前は、わたしの10歳の誕生日に、家で一緒に折り紙遊びをしたことを覚えているか?」
チョコレツィカはそう言って、振り向きました。
「そんなことも、ありましたね」
チョコクラージュは、微笑んで静かに答えました。
「わたしもお前も、鶴を折ったんだ。普通の折り紙を四等分して作った小さな折り紙で、とても小さな鶴を。大きな鶴よりも作るのが難しいから、その分、楽しいんだ」
「サッカーでも何でも、難しいから楽しいんですよね」
「その通りだ。…あの折り紙のことで、わたしは今でも、お前にちょっと怒っているんだぞ?お前はとっくに忘れてしまっただろうけどな」
「えっ…」
「わたしたちはあのとき、完成した小さな折り鶴を、交換したんだ。わたしはそれまで、お前になにかを貰ったことは無かったから、すごく嬉しくてな。その日の夜は自分の部屋で、その折り鶴をずっと眺めていたくらいだ。それなのに、それから一ヶ月くらい経った頃、お前に"わたしがあげた折り鶴、ちゃんと大切にしてる?"って訊いたら、"ごめん、どっかいっちゃった!"って、笑いながら答えたんだよ、お前は!」
もちろんチョコレツィカは、今でも本気で怒っているわけではなく、冗談めかして笑いながらチョコクラージュの過去の言動を責めたのですが、瞳の奥には、少女だったときのチョコレツィカの本気の悲しさが少しだけ残っていて、きらりと切なく輝いたように見えました。
「すみません!あの頃は、女心を分かっていないガキだったものですから!」
チョコクラージュも少しおどけて答えましたが、やはり瞳の奥には、少女チョコレツィカを悲しませてしまったことに対する、真剣な謝罪の気持ちが見えました。
「どうせ今日までの命かも知れないから白状するけどな、」
そう言ってチョコレツィカはアタッシュケースを持ち、会議室から退出するため、出入口に向かって歩き始めました。チョコクラージュはその背中を見つめていました。
「わたしはあのときの折り鶴、今でも家の書斎に飾っているんだからな!」
チョコレツィカは振り返らず、そのまま会議室から出ていきました。ガチャリとドアが閉まる音が、チョコクラージュしかいない殺風景な部屋に響きました。




