第21話 チョコレツィカとチョコクラージュ
チョコレート計画が開始され、初めて地下室に人間が連行された日から、一ヶ月が経とうとしていました。ラクラミキオアラたちは最初の連行の二週間後に入れられたので、まだ深刻な栄養失調の状態にはなっていませんでしたが、最初に入れられた人達の中には、クワシオルコルと呼ばれる悪性栄養失調の段階まで進み、命にかかわる状態になっている人達もいました。そのことについて報告を受けたチョコレツィカは、盗聴対策が施された会議室に副大臣のチョコクラージュを呼び出しました。
チョコクラージュはチョコレツィカと同じ年齢の幼なじみで、幼稚園のときにチョコレツィカが初めて仲良くなった男の子でした。当時、チョコレツィカはまだ小さな女の子でしたが、お人形遊びのようなことよりも、男の子に混じってサッカーをすることの方が好きな、活発な子供でした。
チョコレツィカが女の子だからという理由で手加減をする男の子も中にはいましたが、チョコクラージュはチョコレツィカがドリブルしているボールを、本気で奪いに来ました。手加減されることが大嫌いなチョコレツィカは、「今のままでいいからね!女だからって、甘やかさないでね!絶対!」と、よくチョコクラージュに言っていました。
二人は小学校、中学校でもサッカー部に入りましたが、男子と女子は分けられていたので、一緒にプレーする機会は減りました。それでも二人は良きライバルとしてお互いを意識しながら成長していったのです。
やがて二人は、同じレジスタンスのメンバーになりました。チョコクラージュの両親も、チョコレツィカの両親と同じように連行され、牢屋に入れられ、ろくに食べ物も与えられないまま毎日、十時間以上も過酷な重労働をさせられ、死んだのです。
チョコレツィカと同じように、役所に勤めるレジスタンスに依頼して戸籍に手を加えてもらい、素性を隠して国家権力の中枢にキャリア官僚として入り込むことに成功したチョコクラージュは、チョコレツィカの指名に基づいて、副大臣に任命されたのです。
チョコの国の政治制度はブラックカカオ党の一党独裁で、民選議員が集まって法律を作ったり予算を決めたりする国会はありません。そもそも政党政治とは呼べないような状態なのに、党を名乗っているだけなのです。三権分立ではなく、三権は全てブラックカカオが握っています。キャリア官僚は全員、ブラックカカオ党の党員でもあり、官僚が出世して、そのまま大臣や副大臣になるのです。
ノックをして会議室にチョコクラージュが入ると、チョコレツィカは背を向けて窓際に立ち、静かに外の景色を眺めていました。会議室の照明は全てオフの状態で、盗聴器の電波を遮断する特殊な窓から入ってくる曇天の弱々しい光だけが室内を頼りなく照らしていました。
「急に呼び出して、すまなかったな。チョコクラージュ」
チョコレツィカはそう言い終えてから、ゆっくりと振り向きました。
「いえ。何か、あったのですか?」
チョコクラージュは真っすぐな目でチョコレツィカを見ました。チョコレツィカは、"この男の澄んだ目ときたら…幼稚園児だったときから、ちっとも変わっていない"と思いました。
「わたしに敬語を使うのはやめろと、いつも言っているだろう?」
「大臣に対して敬語を使わずに話していたら、わたしが非常識な人だと思われてしまいますよ」
チョコクラージュは少しいたずらっぽく微笑みながら、そう答えました。
「今、この部屋にはわたしとお前しか、いないではないか」
「それはそうですが…敬語を使うことに慣れてしまって…。まあ、大臣がどうしてもとおっしゃるなら、昔のように普通に話すことも、出来なくはないですよ?」
チョコレツィカは三秒ほど考えてから、少しおどけた笑みを浮かべ、こう答えました。
「どうしてもだ!」
チョコクラージュは、大臣のワガママを可愛く感じて、思わず噴き出してしまいました。
「じゃあ…敬語を使わずに、失礼します。チョコレツィカ、元気でやってるか?」
チョコレツィカも、噴き出して、大笑いしました。
「さすがだな、チョコクラージュ。大臣なんかになると、誰も馴れ馴れしくしてくれないし、孤独を感じてしまうのだが…お前のおかげで、孤独が少し薄まった」
「大臣、もしかして、ついに作戦を実行するのですか?」
チョコクラージュがそう訊くと、チョコレツィカは静かな口調で説明し始めました。
「そうだ。今夜、実行する。ブラックカカオは私邸も持っているが、最近はほとんど私邸に帰らず、ずっとブラックハウスで暮らしている。お前も知っている通り、ブラックハウスには常時五百名ほどの大統領直属の親衛隊が待機しているが、七つの機動隊のうち二つも投入すれば、親衛隊は確実に倒せる。残りの五つは更に細かく分けて、チョコ人が収容されている全国十八箇所の監獄や、人間が収容されている監獄に向かわせる。閉じ込められている全ての人達を解放するんだ。その後、人間は出来るだけ早く、テレポート装置を使って元の世界に転送する。わたしは、機動隊に戦わせて、自分は安全な場所で待機するようなことは絶対にしたくない。わたしは、自分のこの手で、ブラックカカオを倒したいんだ。父と母の敵討ちだからな。お前も、もちろん同じ気持ちだろう。それは痛いほど分かる。だがな、チョコクラージュ。わたしがもし護衛隊との戦闘で死んだら、お前が大統領にならなければいけないんだ。副大統領のチャウチョコスは、ブラックカカオと一緒に悪事を働いてきた奴だ。あんな奴を次のリーダーにするわけにはいかない。クーデターが成功したら、わたしかお前のどちらかが、まず大統領になる。そして、支配者になるつもりは全く無いこと、独裁政治を終わらせて国民主権の国を作るためにクーデターを起こしたことを、国民に説明する。きちんとした国会を設立して、議院内閣制に移行するという大統領令を発令するんだ。そして出来るだけ早く、主権者を国民と定めた憲法を作って、最初の選挙を行う。首相は国会で首班指名選挙を行って決めるが、首相が独裁者にならないように三権を分立させて、国民を裏切るようなことをしたら、国会の不信任決議で引きずり下ろせるようにするんだ。いいな?お前は必ず生きていなければならない。だから、クーデターの作戦には直接参加せず、安全な場所で待機していろ。これは、わたしの命令だ」
説明を聴き終えたチョコクラージュは、黙ったままチョコレツィカの目を見つめていましたが、やがて口を開き、
「分かりました」
と答えました。そのときのチョコクラージュは、幼なじみのチョコレツィカも見たことがないほど、とても緊張した、厳粛な表情をしていました。




