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第136話 衝撃

 レツィカドームの特別観覧席は一階席と二階席の間にあり、バルコニーのようにせり出した、直方体の箱のような形状をしていました。また、マジックミラーの分厚い防弾ガラスで側面を囲まれているため、外部の音をマイクで拾って内部のスピーカーから流す仕組みになっていました。

 クララとドルレットは階段を上(のぼ)り、何の装飾も無い無機質な白い通路を通って、特別観覧席の入口に到着しました。「特別観覧席」と刻まれたステンレスのプレートが貼り付けられたドアを開けると、通路と同じように無機質な白い部屋の中に、座席が2列、一直線に並べられていました。1列が20席で、合計40席ありました。特別観覧席が設置された部屋はそこだけでなく複数あり、ディニクが招待した児童養護施設の子供達は、別の部屋に案内されていました。

「どうぞ、こちらにお掛けになって、お待ち下さい」

 案内役の担当者にそう言われた二人は、「ありがとうございます」と言って着座しました。

 ドルレットは、オティリア達との対面がクララにとってどれだけ重要なことか分かっていました。それゆえ、対面に向け明鏡止水の心境に近づこうと努めているクララのノイズにならないよう、自分からは話しかけないようにしていました。案内役の担当者は既に退出しており、部屋にいるのはクララとドルレットの二人だけでした。マイクで拾った外部の音を流すためのスピーカーもオフの状態だったため、白い部屋は静寂に包まれていました。


 クララ達が部屋に入ってから30分経過しました。しかしオティリア達は姿を見せませんでした。ドルレットはチョコラインでオティリア達にメッセージを送りましたが、未読のままになっていました。電話もかけてみましたが、繋がりませんでした。

「繋がりませんね⋯未読のままですし」

「もう、とっくに着いてるはずの時間だよな?おかしくないか?」

 クララは怪訝な顔でドルレットに言いました。

「確かに変ですね⋯。渋滞に巻き込まれたのかな⋯電波が悪いところで」

「渋滞か⋯。確かに、こういう大きなイベントがあるわけだし、あり得るな⋯でも、こんな都会の真ん中で、電波悪いなんてこと、あるのか?」

 更に15分経過したとき、クララは部屋の外に出て、案内役の担当者に、「すみません、心配なので、オティリア達を引率している担当者の方に電話をかけて頂けませんか?」と言いました。すると担当者は、「実は、さっきから何度かかけているのですが、繋がらないのです」と答えました。クララは"絶対におかしい。何かあったに違いない"と直感的に思いました。クララは担当者に質問をして、オティリア達が乗っている車もクララ達と同じロールス・チョコロイスであること、しかし色は違っていてパールホワイトであること、パールホワイトのロールス・チョコロイスは2台用意され、1台には案内役の担当者とコドリナ、マリオアラが、もう1台にはルミニツァ、オティリア、レオンテが乗っていることを把握しました。それから部屋に戻り、ドルレットにこう言いました。

「担当者の方の電話も、繋がらないらしい。心配なんで、私は地下駐車場に行ってみる。車の有無で、着いてから何かあったのか、着く前に何かあったのか、分かるからな。ディニクさんの車は分かりやすいから、確認するのは簡単だ」

「分かりました。僕も行きます」

「それは駄目だ。お前はそろそろ行かないといけない時間だろ?」

「でも⋯心配だから行きます」

「デチェバル。ここまで来るのにお前がどれだけ苦労したか、お前自身が一番よく分かっているはずだ。チョコ-1 グランプリの決勝戦なんだぞ。オティリア達のことは私に任せて、お前は戦いに行け。私を信じろ」

「⋯はい。分かりました」

 ドルレットはとても心配そうな目をしていましたが、最後はクララの目を真っすぐ見てそう答え、バンテージチェックを受けるために選手控え室に向かいました。


 クララは階段を下りて地下駐車場に向かいました。到着してまず視界に入ってきたのは、クララ達が乗ってきたメタリックシルバーの超高級車、ロールス・チョコロイスでした。クララはオティリア達が乗っているパールホワイトのロールス・チョコロイスを探し始めました。地下駐車場はAからEまでの5つのエリアに分かれており、クララはまずAからDまでを隈無く探しましたが、見つけることは出来ませんでした。最後に残ったEエリアは、最も奥まった人目につきにくい場所にあり、一階に上がる階段やエレベーターから遠いため、利用する人がほとんどいないエリアでした。そのEエリアを歩き始めて30秒ほど経ったとき、クララは衝撃的な光景を目の当たりにしました。

"こ⋯これは⋯⋯!!"

 目の前に駐められていたのはまさに2台の、パールホワイトのロールス・チョコロイスでしたが、2台とも運転席のドアと後部左側のドアが開けられたままになっており、若い女性が使いそうなバッグがふたつ、床に転がっていました。中に入っていたと思われる手鏡やリップクリームなども、バッグの周りに散らばっていました。

"な、なんだこれは!?まるで、連れ去られた跡みたいじゃないか!!"

 クララは2台のうち1台の車内を確認しました。後部座席の上に紺色のリュックと、可愛らしいキャラクターのキーホルダーが付けられた白いリュックが無造作に置かれていました。

"これは⋯レオンテとオティリアのリュックじゃないか?床に転がっているバッグがコドリナとマリオアラの物⋯そういうことじゃないのか!?"

 クララは心臓の鼓動が速くなり、嫌な汗が出てくるのを感じました。

"落ち着け。とにかく落ち着いて、冷静に判断しないと駄目だ!"

 彼女はEエリアに駐められている、数少ない他の車に目を向けました。少し離れた場所に駐められた黒いセダンが気になり、歩み寄って確認しましたが、特におかしな点はありませんでした。そのあと、ただでさえ奥まった場所にあるEエリアの、最も奥まった場所に駐められたダークグレーのワンボックスが気になり、同じように歩み寄りました。

「わっ!!」

 クララは思わず、声を上げました。ワンボックスの側面とコンクリートの壁の間に、ガムテープで口を塞がれ、両手首と両足首をぐるぐる巻きにされたコドリナとマリオアラが、横たわっていたのです。

「お、おい!!大丈夫かっ!!今、解いてやるからなっ!!」

クララは、どっちがコドリナでどっちがマリオアラなのかは分かりませんでしたが、とにかく二人に間違いないと判断し、口を塞いでいるガムテープを、出来るだけ痛くないようにゆっくりと剥がしました。ゆっくり剥がすとかえって痛い場合もあるよな⋯と思いましたが、この場合はゆっくりの方がいいだろうと判断しました。剥がされて口を開けるようになったコドリナは、目を大きく見開いてクララにこう言いました。

「大変です⋯!オティリアが⋯オティリアが!連れ去られました!!」

「な、なんだと!?誰にだ!?レオンテとルミニツァはどこにいる!?」

「知らない男の人です!銃を持った⋯二人組の男です!レオンテとルミニツァさんは、多分、同じように縛られた状態で、ワンボックスの中にいると思います!私達が乗ってきた車の運転手さんと、案内役の方は、オティリアと一緒に車に乗せられて、黒いワンボックスで連れて行かれました!この、横に駐めてあるワンボックスの運転席にメッセージを残したから、誰かが来たら、読むように言えと⋯言われました!」

 クララはまず、コドリナの手首と足首に巻かれたガムテープを解きました。解きながら、「すまんが、教えてくれ。君は、コドリナかマリオアラだよな?どっちだ?」と訊きました。

「わたしは、コドリナです!チョ⋯チョコレツィカさんですよね!?髪型は違うけど⋯教科書で見たことがあります!」

「そうだ。私はチョコレツィカだ。こんな状況で言うのも何だが、今日は来てくれて、本当にありがとう。私は、ずっと⋯君たちに会いたかったんだ」

「私も⋯同じです!チョコレツィカさんに会いたいと、ずっと思っていました。6年前は⋯面談を拒否してしまって⋯本当にすみませんでした」

「そんなこと気にするな!会えて嬉しいよ」

 コドリナの拘束を解く作業を終えたクララは、マリオアラの口に貼られたガムテープを同じように丁寧に剥がしました。

「ぷはー!あっ、ありがとうございます!マ、マリオアラです。初めまして!」

「初めまして。チョコレツィカ・ディマです。今日は、来てくれてありがとう!それにしても君達⋯いい根性してるな。普通なら、ガタガタ震えて何も言えないような状況だぞ?」

 クララがそう言うと、マリオアラは「自分のことなんかより、オティリアのことが心配で⋯!チョコレツィカさん、オティリアを⋯オティリアを助けてあげて下さい!!」と答えました。

「もちろんだ!コドリナさん、申し訳ないが、マリオアラさんの拘束を解いてあげてくれるか?」

 クララはそう言って、ワンボックスの確認を始めました。ドアはロックされておらず、開けることが出来ました。運転席の上に、車のキーと小さな紙片が置かれており、手に取って見ると、そこにはこう書かれていました。


『オティリアは預かった。助けたければ、この車でチョコレツィカをオブシディアン・タワーの屋上に連れて来い。警察に通報したら、オティリアはすぐに殺す。これは脅しではない。俺は今日死ぬつもりなので、何も怖くない。だから名前も教えてやる。


      コードナイン トアデル・プルガル 』


"トアデル・プルガル⋯!あいつか⋯!"

 クララはその男のことをすぐに思い出しました。クララが所属していたレジスタンス組織、コードナインのメンバーで、革命の5年ほど前に、突然姿を消した男でした。逮捕され収容所に送られたという噂もありましたが、真相は不明のままだったのです。

 クララには、プルガルがオティリアを拉致した理由がすぐに分かりました。

"オティリアの父親はケーキ担当大臣だったチョコッティで、ブラックハウス爆破事件で死亡しているが、彼はケーキ担当大臣になる前は親衛隊の隊長だった。当時、親衛隊はあちこちで市民を虐殺する事件を起こしており、その犠牲者の中にプルガルの両親もいた。プルガルはその復讐のためにコードナインに加わったと聞いた覚えがある。チョコッティはもうこの世にいないので、娘であるオティリアを復讐の対象として選んだのだろう"

 クララは目を閉じ、プルガルのメッセージが書かれた紙片を右手で握り潰しました。

"何の罪も無いオティリアを狙うなんて⋯クズ野郎が!!"

 クララは怒りに震えていました。拘束された状態で後部座席に座っていたレオンテとルミニツァを車外に降ろし、ルミニツァの拘束を解きました。

「レオンテ達のことを頼む!私はオティリアを助けに行く!警察へは、まだ連絡しないでくれ。盗聴器が仕掛けられている可能性がある。オティリアの安全を最優先にしたい!」

 クララはルミニツァにそう言い残し、ワンボックスに乗り込みました。

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