第133話 小さな目撃者
ドルレットに強く抱きしめられたクララは、"この安心感、この温かさをいつまでも⋯永遠に感じていたい⋯"と思いました。
「なあ、デチェバル、ひとつ訊いていいか?」
クララは顔をドルレットの胸に埋めたまま、言いました。
「えっ⋯あ、はい。とうぞ!」
ドルレットはクララを抱きしめていましたが、彼女の顔は全く見えていませんでした。
「⋯お前、私のこと⋯好きか?」
少しでも離れたらもう聴こえなくなるような、とても小さな声でクララが訊きました。
「はい。好きです」
「それって⋯恋愛感情としての、"好き"か?」
「はい。そうです」
ドルレットはどちらの"はい"も、間を置かずに即答しました。
決して多くはありませんでしたが、そのとき二人が立っていたチョコフィエルの通りには、歩行者がいました。その中に、母親と手を繋いで歩いている小学三年生くらいの女の子がいました。その子は、歩道の脇で抱きしめ合っているクララとドルレットを、目を丸くして見つめていました。
「ママ⋯!見て、見て⋯あの二人⋯!ドラマみたい」
「しーっ!そんなにジロジロ見ちゃダメよ!失礼でしょ!」
「だって⋯あっ!!」
「何!?どうしたの!?」
「キスしたっ!!女の人の方から!」
「しーっ!!早く!こっち来なさいっ!」
女の子のお母さんは、慌てた様子で娘の手を引っ張って行きました。
クララはまだドルレットの胸の中にいたいと思っていましたが、そういうわけにもいかないので離れました。
「行くぞ、レツィカドームに!お前が勝つところ、私に見せてくれるんだろ?」
クララは不敵な笑みを浮かべて言いました。さっきまでの乙女なクララは、もう消え失せていました。
「あれっ?もう戻っちゃうんですか?クールな女に⋯。もうちょっと見たかったな⋯乙女なチョコレツィカさん⋯」
「⋯馬鹿野郎!」
二人は笑いながら車に乗り込みました。クララは運転手と、助手席に座っている案内役の担当者に、「遠くまで迎えに来て頂き、ありがとうございます。チョコレツィカ・ディマです。本日は、お世話になります。大変恐縮ですが、よろしくお願い致します」と挨拶をしました。"ドルレットと、車を手配してくれたディニクさんは、クララ・モルナールという私の今の名前を知らないのだから、この人達にも『チョコレツィカ』と名乗るべきだろう⋯"クララはそう考えたのです。
運転手と案内役の担当者は、とても緊張している様子でした。歴史の教科書に載っているチョコレツィカが目の前に現れたうえ、ブラックカカオの息子であるドルレットと彼女が抱き合い、キスをするところも車の中から見てしまったので、「もしかして俺達、ものすごい歴史的な場面を目撃してしまったのでは⋯!?」と動揺していたのです。しかし二人は、ヤスミン・ディニクが厳選して採用した人物だったので、目撃したことをマスコミに流してやろうなどとは少しも考えませんでしたし、クララとドルレットの二人を心の中で嘲笑することもありませんでした。"自分達が知らない、二人だけの歴史があるのだろう⋯"運転手と案内役の担当者は、そう思っていました。
「そういえば、チョコレツィカさん。オティリア達のことなんですけど⋯」
「うん。どうなった?ディニクさん、特別観覧席までの経路、教えてくれたか?」
「いえ。実は、そのことをチョコラインでディニクさんに話したら、"それなら、その子達にも迎えの車を用意しよう!お安い御用だ!"とおっしゃって⋯。彼女達も、ディニクさんが用意した車で別荘からレツィカドームまで行けることになりました」
「そ、そうなのか⋯!?な⋯なんとなく、そうなるような予感はしていたが⋯。なんだか、申し訳無い気持ちになるな⋯そこまでしてもらうと、さすがに。大富豪を相手に、"お礼に今度、チョコパン奢ります"って言うわけにもいかないし⋯どうすればいいんだろ」
「いつか、ディニクさんのお誕生日パーティーを開きましょう。手作りで飾り付けをして、温かいパーティーにするんです」
「え?でも⋯相手は大富豪だぞ?分かってくれるかな?そういう手作りパーティーの良さを」
「それは絶対、大丈夫です!あの人は、僕が働いている児童養護施設の子供達が書いた手紙や、千羽鶴、折り紙がペタペタ貼り付けられた段ボール箱を見て、感激してくれたんです。あの人が一番喜ぶパーティーは、きっとそういう、手作りパーティーです!」
「そうなのか?いい人なんだな、本当に。⋯あ!それなら、クイブル・デ・チョーリで開くのはどうかな?あの店のマスター⋯トシヒコと言うのだが、トシヒコなら、飾り付けをしたり、子供達を呼んだりすることを許可してくれるぞ、きっと」
「おお〜!最高じゃないですか!決まりですね!⋯運転手さん達は、どう思いますか?ディニクさん、喜んでくれると思いますか?」
ドルレットがそう訊くと、運転手と案内役の担当者はアハハと笑い、「ドルレットさん、会長のこと、よく分かっておられますね!まさに、会長はそういう方ですよ」「私もそう思います。会長は仕事には厳しい人ですが、心根は温かい人です」と答えました。




