第123話 温かい心
「⋯ドルレット君、私は君のような若者と出会えたことを、とても幸運なことだと思っている」
ディニクはそう言って、ドルレットにチョコラインの交換をしないかと提案しました。ドルレットは快諾し、二人はいつでもメッセージの遣り取りが出来るようになりました。
「あの⋯ディニクさん。特別観覧席の件で、ちょっとご相談したいことがあります」
「ほう。何でも、遠慮なく言ってくれ!私に出来ることなら、何でも協力するぞ」
「私は記者会見で、弟と妹、そして二人の姉に対しても感謝の言葉を述べましたが、血の繋がった本当の兄弟姉妹では、無いのです」
「えっ⋯そうなのかい?」
「はい。彼らは私の父、ブラックカカオが政権を握っていたときに大臣を務めていた人達の、子供なんです。ブラックハウス爆破事件で、ブラックカカオとともに死亡した大臣たちの⋯。革命が起きてすぐに、チョコレツィカさんは"子供達には何の罪も無い。暴徒化した市民に危害を加えられる可能性があるから、速やかに保護せよ"と部下に命じてくださり、私達はブラックカカオの別荘に移送され、護られたのです」
「そうだったのか⋯さすがだな、チョコレツィカさんは」
「はい。それで、チョコレツィカさんは、"ブラックハウスの爆破は、チョコクラージュが私を守るために私を出し抜いてやったのだから、私がやったも同然だ"と考えています。つまり、子供達から父親を奪ったのは自分だと考えているんです。日々繰り返される虐殺を止めるにはそれしかなかった、やったことは間違っていない⋯頭ではそう考えていても、チョコレツィカさんの心は耐え切れずに壊れてしまったんです。10歳の女の子が毎日泣いていると伝えられたときに、抑えることが不可能なほど感情が一気に溢れ出して、壊れてしまったんです。これは別荘でチョコレツィカさんの姿を見ることがなくなった頃、別荘に出入りしていた、当時の暫定統治機関の職員の方から聞いたことです。当時10歳だったその女の子は今、高校生になっています。そして今は、自分の父親が悪いことをしていた事実を受け止め、チョコレツィカさんや、ブラックハウスを爆破したチョコクラージュさんの行動に理解を示しています。心が壊れてしまうほど自分のことを心配してくれたチョコレツィカさんに会って、"もう自分を責めるのは終わりにして欲しい"と、伝えたい⋯今の彼女は、そう思っているんです。でも、チョコレツィカさんが特別観覧席で観戦することになると、妹達と一緒に観戦することは無くなります。なので試合前に、会う機会を設けたいのです。当日は会場の中も外も、おそらく大勢の人がいて、騒々しい状況だと思います。私は、出来ることなら、静かな、落ち着いた環境の中でチョコレツィカさんと対面する機会を妹達に作ってあげたいと思っています。そこでお願いしたいのですが、もしチョコレツィカさんが特別観覧席で観戦することになったら、試合前に妹達を連れて特別観覧席を訪れ、チョコレツィカさんと対面することを許可して頂けませんか?図々しいお願いで、大変恐縮なのですが⋯どうか、お願いします!もちろん、対面が終わりましたら妹達は、チケットを用意している一般席の方に、連れて行きます!」
ドルレットは深々と頭を下げてお願いしました。ディニクは、「ワッハッハ!ドルレット君!君は頭を下げ過ぎだ。私と君はもう、友達なんだよ。友達に向かって、そんな風に頭を下げるのはおかしいだろう。頭を上げたまえ!」と言いました。
「えっ⋯あ、はい。ありがとうございます」
「せっかく対面出来たのに、すぐにまた離ればなれになるなんて、可哀想じゃないか!そんなのダメだ!ええと⋯弟さん、妹さん、それにお姉さんが二人だったよな?」
「あ、はい。そうです」
「特別観覧席を4人分、追加で確保するくらい、造作ないことだ。確保もくそも、当日は私がレツィカドームの使用権を得ているわけだからな。妹さん達も、みんな、特別観覧席で観戦出来るようにするから、安心してくれ」
「えっ⋯そ、そんな⋯本当にいいんですか?」
「いいに決まってる!!⋯というか、君のお母さんは観戦しないのか?お母さんの席も用意出来るぞ?」
「あ、いえ⋯母にも"観に来れば?"と誘ったのですが、母はものすごい平和主義者なもので、"殴り合ったり蹴り合ったりするのを観るのは、好きじゃないのよ!"と言って、断られました。アハハ⋯」
「ワハハハ!!そうなのか!?まあ、そういう人もたくさんいるだろうな。私だって、選手が血を流しているのを見ると、"うわぁ⋯"って、なるからな!ドルレット君⋯大きな怪我などしないよう、くれぐれも気をつけてくれたまえ。君のことが大好きな人は、君の周りにたくさんいるんだ。この私も含めて、な。君の命はもう、君だけのものじゃないんだ。みんなが、大切に思っているんだ。分かるね?」
「⋯はい!ありがとうございます!気をつけます!」
ディニクがドルレットに対して思ったのと同じように、ドルレットもまた、ディニクという温かい心を持った人物と出会えたことを、とても幸運なことだと思っていました。"この人がもし大富豪でなかったとしても⋯特別観覧席を用意出来るような人ではなかったとしても⋯幸運だと思うこの気持ちに、変わりはなかっただろう"ドルレットは、そう思いました。




