第121話 本当に欲しかったもの
記者会見が終わった直後、ドルレットはディニクから「すみません、ドルレットさん。ちょっと、宜しいですか?」と声を掛けられました。
「はい!なんでしょう?」
「ドルレットさんは、チョコレツィカさんのためにチケットを用意しているとおっしゃっておられましたが、彼女からメールが来た場合、待ち合わせて、お会いになり、チケットを渡すおつもりなのですか?」
「え、ええ⋯。そのつもりです。⋯何か、まずいことがありますか?」
「私が心配しているのは⋯まず、今日は試合前日ですよね。あなたの性格からして、チョコレツィカさんを自分のいるところに呼び出すのではなく、自分が彼女のいるところまで足を運ぼうとするでしょう。遠方だった場合には、疲れてしまい、明日の試合に影響が出るのではないかと⋯。それと、チョコレツィカさんは、この国では"超"が付く有名人です。そのうえ、エンターテインメントの分野ではなく、政治の世界の有名人ですから、彼女の命を狙っている者がいても、おかしくない。独裁体制の下で利益を得ていた人達や、高い地位に就いていた人達⋯そういう連中はチョコレツィカさんに恨みを持っている可能性があります。一般席で観戦するのは、なるべく避けた方が良いと思うのです。レツィカドームには、VIPのための特別観覧席があります。マジックミラーの防弾ガラスで囲まれているので、安全性は抜群です。もし、メールでチョコレツィカさんの住所⋯いや、住所じゃなくても、構いません。例えば、家の近くのお店などでも良いのです。指定して頂ければ、選りすぐりの、信頼出来る担当者を乗せた迎えの車を行かせます。その担当者が特別観覧席まで、ご案内するわけです。この形が一番、安全だと思うのですが⋯いかがでしょうか?もちろん、かかった費用をご請求するようなことは一切ありません。全て、私が出します」
ドルレットはディニクの話を冷静に聴き始めたのですが、聴き終えたときには目をぱちくりさせていました。
「えっと⋯ディニクさん⋯ちょっとあの⋯いくら何でも、親切過ぎません!?どうして、私のために、そこまでして下さるのですか?」
驚いてアタフタしているドルレットを見て、ディニクは「ハッハッハッ!」と豪快に笑いました。
「ドルレットさん⋯いや、親しみを込めて、ドルレット君と呼ばせてくれ。私は君に、お礼をしたいだけなんだ」
「えっ⋯でも、私は⋯ディニクさんに、何も差し上げていませんよね⋯?」
「そう思うかい?君は、私にたくさんのものを⋯私がどれだけお金を手に入れても、手に入れることが出来なかった、本当に価値があるものを⋯くれたんだよ」
「たくさんのもの⋯ですか?」
「そう。私は先日、友人であるマリウス君から、チョコラインでメッセージをもらった。そこには、"ドルレットがお礼の手紙を送りたいと言っているので、宛先になる住所を教えてもらえますか?ディニクさんのお手元に届くのであれば、ご自宅ではなく会社の住所でも、何でも、構いません"と書かれていた。私は自宅の住所を伝え、数日後、届いたのは、手紙ではなく、ハートや星の形に切られたカラフルな折り紙が外側全面に貼り付けられた、見たこともないような可愛らしい段ボール箱だった」
「あ⋯アハハハ⋯すみません、"派手過ぎるだろ!やめろよ!"って、子供達に言ったんですけど⋯全然、言うこと聞かなくて⋯アハハ⋯」
「その可愛らしい段ボール箱を開けて中を見ると、そこには、君からのお手紙と、たくさんの子供達からのお手紙、そして、これまたカラフルな折り紙で作られた、千羽鶴が入っていた。お手紙は、私がレツィカドームで行われる決勝戦に子供達と職員の皆さんをご招待したことに対する、お礼のお手紙だった。君の文章からは、君の真っ直ぐな、そして温かい人柄が伝わってきた。子供達のお手紙は、クレヨンで大きく書かれているもの⋯字が大き過ぎて、便箋一枚に"ありがとうございます"の10文字しか書かれていないものもあった。私はヒゲを生やしていないのに、きっと、想像で描いたんだろうね⋯ヒゲを生やした男性のイラストが大きく描かれていて、上に"↓ディニクさん"と書かれているものもあった。きっと、誰かに"すごいお金持ちの人なのよ"と教えられたんだと思うが、ヒゲを生やした男性が、硬貨と札束に囲まれて、にっこり笑っているイラストが描かれたものも、あった。仲良く手を繋いで笑っているウサギと猫のイラストの上に"ドルレットとディニクさん↓"と書かれているものもあった。私は、自宅で笑い転げてしまったよ。あんな風に大笑いしたのは、何年ぶりだっただろうか⋯生まれて初めてだったかも知れない。私は仕事に人生を賭けてきたから、いまだに独身なんだ。家にいるのは、家政婦だけだ。夜になると家政婦も帰宅してしまって、私は、家に一人きりになる。でもね、あの箱が届いた夜から⋯私は家に帰るのが毎日、とても楽しみになったんだ。帰れば、あのカラフルな千羽鶴と、楽しい、温かい手紙が私を待っていてくれる⋯そう思うと、楽しみになった。そして私は、やっと気づいたんだ。自分が本当に欲しかったものは、こういうものだったんだ、と。⋯だからね、車の手配をするとか特別観覧席を用意するとか、そんなことは⋯君と子供達が私にくれたものに比べたら、塵みたいなものなんだよ。」
ディニクの言葉を聴き終えたドルレットは、しばらく、何も言葉を発することが出来ませんでした。ディニクが、自分の気持ちと、子供達の気持ちを、こんなにも温かく受け止めてくれる人だった⋯そのことが嬉しくて、嬉しくて、何も言えなくなってしまったのです。




