第120話 彼女だけが知る答え
ディニクに叱責されたゴロツキーがどのような反応を示すのか気になり、その場にいた人々のうち半数ほどが彼に視線を向けました。ゴロツキーはふて腐れた表情で立ち上がり、記者会見が行われていたバンケットルームから出て行きました。ディニクは真剣な表情を保持したまま、さっきよりも穏やかな口調で、集まった記者達に対して自分の考えを伝え始めました。
「皆さん、私はこの記者会見を、出来るだけ制約の無い、自由で楽しい記者会見にしたいと思っていました。今でも、その考えは変わりません。しかし、先ほどの記者のように、人の尊厳を踏みにじり、心を傷つけ、平気な顔をしているような人を、受け入れることは出来ません。そのような質問をするためにこの場に来た人が他にもいるなら、今すぐ、出て行って下さい。どれだけ強そうに見えても、明るく見えても、人は皆、心に傷を抱えて生きています。私だってそうですし、皆さんだって、同じだと思います。だからこそ大切なのは、お互いに配慮し合って、相手の心に土足で踏み込まないことです。心の中できちんと靴を脱いで、一礼をして、優しく足を踏み入れることが大切だと思うのです。この場に残った皆さんなら、それが出来ると私は信じています」
ディニクは話し終えるとマイクをドルレットに返しました。そしてドルレットの目を真っ直ぐ見つめながら、小さな声でこう言いました。
「あんな奴をこの場に入れてしまったことは、私のミスです。責任は、私にあります。どうか、お赦し下さい」
ディニクは深々と頭を下げて、演壇の袖に戻りました。そしてアントネスクに、「愚か者はいなくなったので、もう大丈夫です。続けて下さい」と指示しました。
「そ⋯それでは、あらためまして、記者会見を続けて参りたいと存じます!質問される方は、挙手をお願い致します!」
多くの記者達が、萎縮することなく手を挙げました。
「それでは⋯そちらの、茶色のスーツの、男性の方!」
「どんぐりチョコロコロこども新聞の、エドワード・スタンです。お二人の人気は子供達の間でも高まっていますが、お二人の好きなチョコットモンスターがもしあれば、教えて下さい。まず、ドルフさんから⋯。チョコットモンスターはご存知でしょうか?」
「ええ、もちろん知っています。私は⋯ジュナチョコイパーですね⋯。チョコフクスローの最終進化形なのですが、とても格好いいと思います。フクロウ好きの私には、刺さります」
「ありがとうございます!ドルレットさんは、いかがですか?」
「私は⋯チョコカイロスですね。チョコヘラクロスは体重の100倍の重さの物を持ち上げることが出来るんですけど、チョコカイロスはたった2倍なんですよ。設定とは言え、この扱いの差、すごくないですか?私は人間の世界で語られている蟹座の神話について、チョコレツィカさんに教わったことがあるんです。勝てる見込みが皆無なのに、ヘラクレスに立ち向かった蟹⋯カルキノスと、チョコカイロスの姿が重なるんです。あと、私は子供の頃、チョコヘイヘイボンボンクワガタとキラービーの、生死を賭けた戦いを目撃したことがあるんです。勝ち負けよりも大切なことがあるということを、クワガタに教わったんです」
「なるほど!お二人とも、ありがとうございます!フクロウとクワガタが、レツィカドームで激突するわけですね!ワクワクします!」
スタンは二人にお礼を言って、質問を終えました。
その後もアントネスクは数名の記者に質問の権利を与え、記者達は様々な、節度ある質問をしました。
「それでは最後に、両選手から、試合への意気込みと、ファンへのメッセージを頂いて、記者会見を終えたいと思います。まず、ドルフ選手から、お願い致します!」
「⋯頑張ります。応援よろしくお願いします」
最後の最後で再び、口数が少ないというドルフの特徴が分かりやすく表れました。アントネスクは"うわっ!また、短っ!"と思い動揺しましたが、なんとか平静を装って「ありがとうございます!では、ドルレット選手。お願い致します」と言いました。
「全身全霊で、自分の全てを賭けて戦うことを、お約束します。私がここまで来られたのは、小学生だった頃からの親友や、施設の子供達と理事長、職員の皆さん。ジムのマリウスさん、大会スポンサーのディニクさん、応援して下さる多くの方々、私の母、可愛い弟や妹、二人の姉⋯そして」
バンケットルームは一瞬、静寂に包まれました。ドルレットは一度下を向いてから、顔を上げ、真っ直ぐ前を見ました。
「チョコレツィカさんのおかげです。私は、チョコレツィカさんに、決勝戦を観に来て欲しいと思っています。チケットは私が既に用意しています。チョコレツィカさん⋯もし、この記者会見をご覧になっていたら、僕にメールを下さい。初めて面談をしたとき、僕はあなたに、"似合ってますね"と言いました。何が似合っていると言ったのか、答えられるのはチョコレツィカさんだけです。その答えを書いて、メールを下さい。あなたが、自分の心を壊してしまうほど心配した僕の妹と二人の姉は、今、あなたに会いたがっています。もう、自分を責めて心を痛めつける必要は無いんです。試合の前に⋯みんなで待ち合わせて、会いましょう。そのときに、チケットを渡します。僕のメールアドレスは、〇✕△〇✕@〇✕△⋯です。⋯記者ならびに配信者の皆様、本日はまことにありがとうございました。お心遣いに、深く感謝致します」
ドルレットは言うと決めていたことを全てしっかりと言い切り、記者達に向かって頭を下げました。そしてドルフにも深々と頭を下げ、「私のことで、色々と大変な記者会見になってしまい、申し訳ありませんでした」と謝りました。ドルフは真剣な表情で、「気にしないで下さい。あなたと明日、戦えることを光栄に思います」と返答しました。
記者会見が行われたのは金曜日の午後1時過ぎからでしたが、その日はチョコの国の祝日だったため、オティリア、コドリナ、マリオアラ、レオンテの4人は別荘のラウンジに集まり、一緒に会見の生中継を観ることが出来ました。
「お⋯弟って言ってたけど、デチェバルさんは一人っ子ですよね?もしかして⋯弟って、僕のこと!?」
レオンテは嬉しそうな顔で言いました。
「絶対そうですよ!!てことは、妹って、私⋯!」
オティリアも嬉しそうにニヤニヤしました。
「じゃあ姉二人って、やっぱり私達のことか!」
コドリナがそう言うと、マリオアラは笑顔で頷きました。
「デチェバルさん、大胆にもチョコレツィカさんに"メールを下さい"って呼びかけていましたけど、来ると思いますか?メール」
レオンテが顎に指を当てながら、3人に問いかけました。
「どうだろうね⋯でも、デチェバルが勇気を振り絞って呼びかけたことは分かるだろうから⋯デチェバルの頑張りを無駄にするような選択はしないんじゃない?なにしろ、私達のこと考え過ぎて心を病んでしまったくらいの人だから⋯。私、ほんと謝りたい⋯」
コドリナの言葉を聴いたオティリア、マリオアラの二人は、小さな声で「私も⋯」と呟きました。
「あと⋯わたし、思ったんだけどさ」
コドリナは、少し照れの混じった笑みを浮かべ、ぼそりと言いました。
「レオンテもオティリアも、もう私達に敬語使わなくていいよ!兄弟姉妹の間で敬語使うのは、おかしいでしょ!」
「確かにそうですね!⋯あ、いや⋯確かにそうだよね!!よし、ちょっと練習してみよう!」
そう返答したのは、レオンテでした。
「練習⋯?」
オティリアが、怪訝な表情でレオンテを見ました。
「お〜い、コドリナ姉ちゃん!冷蔵庫に入ってる冷やしチョコパン、僕のだから、食べちゃダメだよ!」
レオンテはそう言って、「どう?家族っぽさ、出てた!?」と三人に訊きました。女性三人は、幸せそうな顔で爆笑しました。レオンテも思わず、一緒になって笑ってしまいました。




