第119話 澄み切った怒り
ドルレットの返答を聴いたデタラーメ新聞のザムフィール・ツェペシュは苦虫を噛み潰したような顔になり、何か言い返そうとしたのですが、言葉が出てきませんでした。それを見た司会のアントネスクが「はい、それでは他に、ご質問のある方はいらっしゃいますか?」とツェペシュを切り捨てると、ツェペシュは顔を下に向け、青筋を立てて「クソッ!!」と小さく叫びました。
「はい、それでは、グレーのパーカーを着ておられる男性の方!」
アントネスクが次に発言権を与えたのは、登録者数190万人のネット動画配信者、ゴロツキーでした。ゴロツキーは年齢非公表なのですが、見た感じ45歳から50歳くらいで、幅広い年齢層の支持者を獲得していました。
「動画配信者のゴロツキーです!えっと⋯思ったんですけどぉ、結局、本名を公表するのであればァ、最初から偽名を使わなければ良かったんじゃないの?って。アハハハ。なんで偽名を使ったんですか?それって、後ろめたさみたいなものがあったからですよね?結局」
ゴロツキーはツェペシュと違い、炎上を恐れていませんでした。それどころか、物議を醸す発言をして自分の動画のコメント欄を意図的に炎上させる、いわゆる"炎上商法"で登録者数を伸ばしてきた男でした。彼にとってあらゆる問題は"どうでもいいこと"で、いかにして炎上させるかだけが重要なのです。"サラリーマン記者と違って、俺は既に一生、働かなくても生きていけるだけの資産を既に持っている。最悪、炎上が度を越して廃業せざるを得なくなっても、痛くも痒くもない。だから俺は、いくらでもガンガン攻めた発言をすることが出来る。だから更に人気が上がる。素晴らしい循環システムだ!"ゴロツキーはそう考えていました。
「先ほども申し上げました通り、私の父は凶悪な独裁者でしたので、一人で生きていくに当たって、行政機関の方々が、配慮して下さったのです。優しい、お心遣いをして下さったのです」
ドルレットがそう返答すると、ゴロツキーはいつも通りのニヤケ顔で、「それは、さっき聞いたよ」と言いました。
「僕が言ってるのはァ、そういうことじゃなくて。"俺は父親と違って、悪いことをしてない"と思ってんなら、本名で堂々と生きていけばいいんじゃないの?って。そうしないで、偽名を使うことを選んだってことは、結局、後ろめたさがあったわけでしょ?父親と一緒に暮らして、たっぷり贅沢もしてきたんだろうし!そもそも、革命が起きたあと、君は父親の建てた豪華な別荘で暮らしてたよね?父親が国民から毟り取った金で建てた別荘で。その維持費も当然、我々が納めた税金から出されてるはずだ。噂によると君は大学まで出ているそうじゃないか。それも全て税金でしょ?ふざけた話だよ、ほんと」
ドルレットは表情を変えず、ゴロツキーを真っ直ぐ見つめていました。そしてマイクを手に取り、返答を始めました。
「まず、はっきり申し上げておきますが、父親がブラックハウス爆破事件で死亡したとき、私はまだ未成年でした。つまり私は、生まれてから父が死ぬまでずっと、保護者を必要とする未成年者だったのです。ゴロツキーさん。あなたは、「どうして、あんな奴の息子に生まれたんだ!」「なんで、あんな奴に育てられたんだ!」「未成年でも何でも、家を出て自立すべきだった!」と言って私を責めるおつもりですか?それはいくら何でも、めちゃくちゃではありませんか?私は、自ら望んでブラックカカオの息子に生まれたわけではありません。それに、私の母は父のやっていることに反対していましたから、夫婦仲はとても悪く、長年別居していたんです。父と母は恋愛結婚ではなく、父の父⋯私から見ると祖父ですが、父と同じように独裁者だった祖父が、お気に入りの部下の娘と息子を結婚させようと強引に押し進めた結婚⋯強制的にさせられた結婚だったのです。それでも母は、ひどい独裁政治を父の代で終わらせようと、説得を試みた時期もありました。"私が、この人を変えてみせる!"母はそう思って頑張りましたが、結局、駄目だったのです。父に暴力をふるわれ、母は自分自身と息子⋯つまり私を守るために、別居という選択をしたのです。大学の学費については、貸与型の奨学金で工面しましたので、私は今も毎月、返済を続けています。決して、税金で全て賄ったわけではありません」
ドルレットがそこまで話したとき、記者会見の演壇の袖から一部始終を見ていたヤスミン・ディニクが、ドルレットのそばに歩み寄り、「ドルレット君、もう、いい。これ以上、君があいつに説明をする必要は無い。マイクを、貸してくれ」と言いました。ドルレットが少し動揺しながらマイクを渡すと、ディニクは毅然とした表情でゴロツキーを見据えました。ゴロツキーは口を尖らせ、"なんだ、何か文句でもあるのか!?"とでも言いたげな顔をしていましたが、何も恐れていないような顔ではなく、明らかに動揺していました。
「君!名前は、ゴロツキー君だったかな?」
ディニクがそう言うと、ゴロツキーは質問するために係員から渡されたマイクを使って、「⋯そうだけど?何か?」と答えました。
「何か?じゃないだろう!⋯君は、恥ずかしくないのか!ドルレット君がこれまで味わってきた苦悩がどれほどのものだったか、どんな思いで今まで彼が生きてきたのか、想像しようと努力することもなく、デタラメな憶測に基づいて、彼の傷口をえぐるような汚い言葉を乱暴に投げつけて、平気な顔でヘラヘラしている自分自身を⋯恥ずかしいと思わないのか!」
ディニクの声には、凄まじい怒りが込められていました。しかしそれは濁った怒りではなく、おそろしく澄み切った怒りでした。それゆえ、その場にいた人々の大部分は、怖いとは全く思わず、むしろ神聖なものに触れたような感動を覚えていました。




