第117話 覚悟
「アハハハハ!ドルレットさんはあまり緊張しないタイプだと思っていたのですが、そうでもないんですか?」
ザルモクシス・アントネスクがそう訊くと、ドルレットは「う〜ん⋯」と顎に指を当てて考えてから、「確かに、基本的にはあまり緊張しない方なのですが、今はしています!」と答えました。
「アハハハ!そりゃ、そうですよね!⋯それでは、次の質問に進みたいと思います。ドルフさんは、ドルレットさんの試合を映像などでご覧になったことはありますか?」
「⋯もちろん、あります。準決勝も、控え室にあるテレビで、観ていました」
「どのような印象を持たれましたか?」
「⋯強いな、と」
アントネスクは"相変わらず、返答が短い!"と心の中で叫びましたが、平静を装って「ドルレットさんは、いかがですか?ドルフさんの試合はご覧になられましたか?」と尋ねました。
「ええ、もちろん拝見しました。正々堂々と戦う方だと思いました。決勝戦でそのような選手と戦えることを、本当に嬉しく思っています。」
ドルレットの言葉を聞いたドルフはちらりとドルレットの方を見て小さく頭を下げ、ドルレットも同じように頭を下げました。
「素晴らしいスポーツマンシップですね!それを見せて頂いた後に、こんな下世話なことをお尋ねするのは気が引けるのですが⋯お二人は、優勝して賞金3億チョコ円を手にした場合、何か買いたいものはありますか?まず、ドルレットさん。どうですか?」
「アハハハ⋯それ、施設の前でも訊かれたんですよ⋯ランボルチョコギーニを買いますか?とか⋯アハハハ」
「買う決心は、されましたか?」
「するわけないでしょっ!児童養護施設の建物の増築とかリフォームは、するかも知れません。こんなことを言ったらうちの理事長に怒られるかも知れませんが、少し老朽化していますし、狭いので⋯。怒られちゃうかな。アハハハ」
「なるほど!ドルフさんは、いかがですか?」
「⋯同じです」
「えっ!?」
アントネスクは心の中で"た、頼むから、もうちょっと長い返答をしてくれ〜!"と叫びましたが、ドルフは平然としていました。繰り返しになりますが、ドルフに悪気は無いのです。
「ドルフさんも、施設の増築やリフォームをお考えということですか?」
「はい。私が育った施設も、古くなってきてるんで」
「⋯なるほど!そうなんですね!それでは、次の質問に移りたいと思います。チョコ-1 グランプリは、それぞれの選手の入場曲も話題になっていますが、決勝戦の入場曲は何にされるか、既にお決めになられましたか?まず、ドルフさんからお願いします」
「はい。ハロチョコウィンの『チョコクロウズ』にしました。私は猛禽類が好きなのですが、獲物を鷲掴みにする猛禽類の曲なんです」
ドルフの返答を聞いたアントネスクは、"き⋯奇跡が起きた!!ドルフさんが、少し長めの返答をしてくれたっ!!"と心の中で歓喜しましたが、実際には奇跡などではなく、ドルフは猛禽類のことになると饒舌になるという、それだけの話でした。
「そうなんですねっ!ドルレットさんは、いかがですか?お決めになられましたか?」
「はい。私はチョコDMXさんの『X Gon Give It To チョコYa』にしました。月並みな言い方ですが、アドレナリンが出まくるんですよね、あの曲を聴くと。やってやるぜ!!って感じになります。チョコエミネムさんの『Lose チョコYourself』と迷いましたが、最後は、あみだくじで決めました。私の中では、2大アドレナリン曲ですね」
「なるほど!そうなんですね!やはり、『チョコだんご三兄弟』よりもアドレナリンが出ますか?」
「⋯え、ええ⋯そうですね。アハハハ⋯」
ドルレットは、記者会見の終了間際に、自分がブラックカカオの息子であることを告白しようと決めていました。それを口にしたとたんに場が騒然となり、視線もカメラも質問も全て自分一人に集中することは自明だったので、そのような、ドルフの自尊心を傷つけるに違いない状況は避けなければいけないとドルレットは考えていました。
アントネスクはその後もいくつか二人に質問をし、それが終わると、一人ひとりの記者が個別に質問をするフェーズに移行しました。記者からの様々な質問にドルレットは誠実に返答し、口数が少ないドルフも、ドルフなりに誠実に返答しました。
個別質問の時間も終わり、アントネスクは"あとは、ファンへのメッセージを一言ずつもらって、記者会見は終了だ!"と思いました。
「それでは最後に、ファンへのメッセージを一言ずつ、頂けますか?まず、ドルフさんから⋯お願いします」
「⋯頑張ります。応援、よろしくお願いします」
「ドルレットさん、お願いします」
ドルレットは、そのときあらためて、腹を括りました。あらためて覚悟を、決めました。
「⋯皆さんに、お伝えしておきたいことがあります。私の、出自についてです」
その場にいたドルレット以外の全員が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になりました。
「⋯えっ?ド⋯ドルレットさん?」
アントネスクは慌てた様子で声を発しましたが、ドルレットは真っ直ぐ前を向いたままで、微動だにしませんでした。
そのときクララは一人で自宅のソファに座り、会見の生中継を観ていました。「出自」という言葉がドルレットの口から発せられたとき、クララは総毛立つ感覚に襲われました。そのたったひとつの言葉で、ドルレットがこれから何を言おうとしているのか、彼女は察しました。




