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第107話 ドルレットはドルレット

 ちょうどそのとき、ドルレットが勤めている児童養護施設の子供達は、施設から徒歩圏内にある市民会館のホールで、ドルレットの試合が始まるのを今か今かと待っていました。

 チョコ-1 グランプリのパブリックビューイングが行われたのは、普段オーケストラの演奏会などが開かれている、館内最大のホールでした。座席と座席の前後の間隔も十分に取られており、座席自体も民間の立派な劇場の座席に負けない、質の高い物が設置されていました。普段、簡素な建物の中で暮らし、簡素なベッドで寝ている子供達は、嬉しそうな表情を見せていました。

 子供達は普段、施設の中で学校の宿題をしたり、施設の企画として工作をして遊んだりすることはあるのですが、椅子と机を人数分並べられる広さは無いので、そういうときはカーペットが敷かれた床に直接座ってするのが慣例でした。机が必要なときは、折りたたみ式の小さな机を使っていました。施設では椅子に座る機会が少なく、学校でも木の硬い椅子にしか座らないので、市民会館のフカフカの椅子に座った子供達は、まるで王様になったような気分で、自然と笑みがこぼれました。

 施設の女性職員シモナ・シリバシュは、"子供達が騒いで周りに迷惑をかけたら、どうしよう"と心配していたのですが、思いのほか、子供達はきちんと座席に座って、さほど騒ぐこともなく、きちんとしていました。もちろんシリバシュは事前に、「市民会館の中では、周りの人達に迷惑がかからないよう、静かにしていないといけませんよ!」と子供達に釘を刺しておいたのですが、あまり期待はしていませんでした。"どうせ騒いだりしちゃうんだろうな"くらいに思っていたのです。なので、思ったより大人しくしている子供達を見て、シリバシュは"正直、あなた達のこと、あんまり信じてなかった⋯!ごめんなさいっ!"と、思わず心の中で謝りました。

 ドルレットの試合が始まるまでに7試合も行われたので、子供達の中には飽きてきて寝てしまう子や、私語が少し多くなる子もいましたが、1試合平均7分くらいで終わっていたので、入場・退場、ビリー・アイリッシュセッターの歌唱を含めて2時間15分ほどでドルフの試合まで終わりました。そのあと30分の休憩があるとはいえ、シリバシュは"子供達は大人ほど集中力がもたないし、ドルレットさんの試合だけを観て帰る形が、本当は一番なんだけど⋯"と思っていました。しかしドルレットの試合直前に市民会館に来ても席は確保出来ないので、仕方なかったのです。休憩のときも、席を誰かに奪われてしまわないよう、荷物を座席に置いて、更に、その荷物が奪われることもないよう、シリバシュが見張っていないといけない状態でした。年少の子供達をトイレに連れて行く役割を与えられたのは、中学生以上の子供達でした。みんなが協力し合って、初めて成立する企画だったのです。

 子供達の中で、一番真剣に試合を観ていたのは、やはりシュテファンでした。他の子供達もドルレットのことは応援していましたが、シュテファンは、もっと特別な意味をその日の観戦に見出そうとしていました。これから観る試合、これから見るドルレットの姿は、これから先の自分の人生に大きな影響を与えるだろう⋯彼はそんな予感がしていたのです。彼は頭の中でそんな風に言語化していたわけではありませんが、彼が漠然と予感していたのは、言葉で言い表すなら、そういうことでした。

「ドルレットさん、勝つといいね!」

 シュテファンの隣に座っていたシリバシュがそう声をかけると、彼はこう返答しました。

「うん!でも、勝つか負けるかは、あんまり大事じゃない気がする」

「⋯どういうこと?」

「おれも、よく分からないけど⋯なんか、そういう気がするんだ。もし負けても、ドルレットはドルレットだし」

 シュテファンはシリバシュの方を向いておらず、真っすぐ前を見ていました。前にあるスクリーンには、まだ誰も上がっていないチョコ浜アリーナのリングが映し出されており、実況アナウンサーと、ゲスト解説のプロボクサー、チョコハタケヤマの声が流れていました。

「いよいよ始まりますね!チョコハタケヤマさん!」

「はい。楽しみですね!」

「キックボクシングはチョコハタケヤマさんがやっておられるボクシングとは色々な面で違いがありますが、共通点もありますよね?」

「はい。一番の共通点は、気持ちの強さが大事だってことだと思います。両者がともに正々堂々と戦えば、必ず、いい試合になります。そして正々堂々と戦うために必要なのは、本当の強さ⋯心の強さなんですよ」

「⋯なるほど!本当にそうですね。そういう意味では、先ほど素晴らしい歌を披露してくださったビリー・アイリッシュセッターさんも、気持ちが強いと言えるのではないですか?」

「もちろんです。歌手の方(かた)は、自分の内面を隠さずに、さらけ出さなければいけませんよね?その時点で既に勇気が必要なのに、彼女はそれに加えて、いつも複数の大型犬と一緒にステージに上がるわけですから。統率が取れないかも知れない、途中で吠え始めるかも知れない⋯そんな不安と戦いながら歌い切るのは、並大抵の心の強さじゃ、出来ませんよ」

「確かに!その通りだと思います。その強さが、歌にも表れていましたよね。⋯あっ、リングアナウンサーがリングに上がりました。いよいよ、始まるようです!」

ひとつ前の第106話の、コドリナの最後の台詞を修正しました。あそこは絶対、ドルレットではなくデチェバルじゃないとダメなので⋯。何卒、ご容赦下さい。頻繁にやらかす作者の作品にお付き合いくださり、深く感謝しております。

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