第106話 大切な人たち
ドルレットがメッセージの中で述べていた通り、控え室がある通路の前には関係者以外の立ち入りを止めるために配置された警備員がいました。警備員は、オティリアが「あの⋯」と声をかけようとすると、「ああ、はいはい。分かってますよ。あなた達が、ドルレットさんが言っていた"妙な5人組"ですね?」と、少しおどけた笑顔で言いました。オティリアは満面の笑みで、「そうです!!わたし達が、"妙な5人組"ですっ!!」と返答しました。
無事、通路に入ることが出来た5人は、左右に並ぶたくさんの選手控え室の中から、ドルレットの控え室を探しました。その日はウエルター級、スーパーウエルター級、ミドル級、スーパーミドル級の4階級の準決勝が行われる日だったので、16人の選手にそれぞれ控え室が用意されていました。
ドルレットの控え室は、通路の一番奥の右側にありました。『ドルレット・レツィ選手』と書かれた紙が入口の横に貼られているのを見つけたオティリアが、「ここですね!」と言って、開けた状態になっていたドアをコンコンと叩きながら、中を覗き、「あの⋯」と声を発しました。オティリアは、「名前を隠したいからドルレットという名前で暮らしているのだろうし、"デチェバルさん"とは呼ばない方がいいよね」と考えていました。しかし自分が「ドルレットさん」と声をかけるのもちょっと変な気がして、出てきた言葉が「あの⋯」だったのです。
オティリアの顔を見たドルレットは、弾けるような笑顔で、「おお!!オティリア!よく来てくれたね!!ありがとう!」
と言いました。そして他の4人にも、「ルミニツァさん、来てくださって、ありがとうございます!」「レオンテ君も、ありがとう!」などと感謝の言葉を述べました。ドルレットは、「せっかくだから、みんなで写真撮ろうよ!マリウスさんも入って下さい!ハラランビエも!」と言いました。ハラランビエは、ドルレットが小学生だった頃からの親友です。オティリア達と同じように観戦に来て、ドルレットに「控え室に来なよ」と誘われ、来ていたのです。
ドルレットは部屋の入口の近くで暇そうにしていたチョコ-1 グランプリ運営委員会の係員にお願いをして、携帯電話で写真を撮ってもらいました。撮影前、コドリナとマリオアラは「え?写真撮るの?わたし今日、髪もメイクも、かなり適当なんだけど!」「わたしも!」と言って、部屋にある大きな鏡の前に行き、前髪を指で整えたりしていました。年上のお姉さん達の行動を見たオティリアは"わたしも整えたい!"と思い、同じように鏡の前に行き、前髪をいじり始めました。ドルレットは、「3人とも、十分お美しいですから、そんなことしなくても大丈夫ですよ!」と、冗談なのか本気なのか分からないことを言いました。
「デチェ⋯ドルレット君が真ん中ね!ファイティングポーズで!」
コドリナがそう言うと、ドルレットは、
「デチェバルって呼んじゃっても大丈夫ですよ?もし今日の試合で勝ったら、僕は決勝戦の前に開かれる記者会見で、自分の正体を明かすつもりですから。そして、チョコレツィカさんに呼びかけるつもりです。決勝戦を観に来て下さい、と」
と言いました。ドルレットはさらりと言いましたが、その言葉の奥には大きな覚悟があることを、その場にいた誰もが感じ取りました。コドリナは、「そうなんだね。⋯頑張ってね。わたし、本当に応援してるからね」と真剣な表情で言いました。他の者たちは、優しく微笑みながらドルレットの顔を見ていました。
コドリナが提案した通り、ドルレットが真ん中でファイティングポーズをとって、その周りをオティリア、コドリナ、マリオアラ、レオンテ、ルミニツァ、マリウス、ハラランビエの7人が囲みました。一人残らず、全員が本当の笑顔で、一枚の写真の中に納まりました。ドルレットはその写真をチョコラインで全員に送信し、みんなは大切に保存しました。
それからドルレットは、みんなの顔を見て、こう言いました。
「みんな、本当にありがとう。お礼の言葉を、言わせて下さい。まず、ハラランビエ⋯君と初めて出会ったのは小学生のときだけど、今まで一度たりとも、君は僕のことを"あいつは独裁者の息子だ"という色眼鏡で見たことがない。どんなときも、僕を、僕として見てくれた。だから僕は生きてこられたんだ。本当に、ありがとう。マリウスさん⋯僕がここまで来られたのは、マリウスさんと出会えたおかげです。シュテファンがいなくなったときは、バイクまで貸してくださって⋯ご恩は必ず、返します。ルミニツァさん、オティリアから聞きました。今日のチケット代は、全部、ルミニツァさんが出してくださったそうですね。あなたは、僕たちが子供だった頃から常に、家族のように接してくれました。あなたは仕事を、頭でしていない。いつも、心でしています。だから、人の心を動かせるんです。僕はあなたのことをとても尊敬しています。⋯オティリア、レオンテ君、コドリナさん、マリオアラさん⋯僕は、あなた達4人を、本当の妹、弟、姉だと思っています。僕たちは、同じ苦しみを背負って生きてきました。自分の存在自体を否定したくなったときも、ありました。そんなときでも耐えて、前に進んで来られたのは、同じ苦しみの中で頑張っている、あなた達がそばにいたからです。僕は今でも、あの別荘で暮らしていたときのことをよく、思い出します。僕は、僕の本当の実家はあの別荘だと思っています。僕たちを守ることに命をかけているチョコレツィカさんとルミニツァさんがいて、妹、弟、2人の姉もいる。最高に温かくて⋯僕はあの別荘が大好きなんです。もしあの別荘が築50年でオンボロだったとしても、僕の、この気持ちは同じだったと思います。僕は⋯チョコレツィカさんにもう一度会うために。親がいない寂しさを必死に隠しながら、施設で頑張って生きている子供たちのために。そして、あなた達に"おめでとう!"と言ってもらいたいから⋯今日、必ず勝ちます!応援、よろしくお願いします!」
ドルレットはラウンジ会議のときと同じように、深々と頭を下げました。コドリナが、
「デチェバル君⋯ていうかデチェバル!お姉ちゃんとして言わせてもらうけど、いつも丁寧過ぎるのよ、君は!姉に、そんな他人行儀な言葉遣いをする弟、いないでしょ?直しなさいね!」
と、おどけた笑顔で言いました。顔を上げてコドリナの顔を見たドルレットは、溢れる涙を抑えることが出来ませんでした。




