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第105話 心を動かしたもの

 準決勝第1試合の終了を告げるゴングが鳴り響いたあと、クララはしばらく放心状態になっていました。生まれて初めて生で観た格闘技の試合の迫力に、圧倒されていたのです。そして、深く感動していました。

「つ、次⋯いよいよデチェ⋯じゃない、ドルレットだよね⋯?」

 ようやく放心状態から抜け出したクララがそう訊くと、アドリアンは「いえ、ドルレットさんはすぐには出てきませんよ!」と答えました。

「えっ?⋯どういうこと?」

「このパンフレットに記載されているタイムテーブルによると、スーパーミドル級の準決勝第1試合終了後、30分の休憩を挟んで第2試合の選手入場が始まるみたいです。つまり、今から30分間、休憩ですよ」

「えっ!?そうなの?じゃあ私、トイレ行ってこよっ!!」

「トイレですか?かなり並んでると思いますよ?こういうイベント会場のトイレは、大体そうなりますからね」

「え〜!!やだぁ〜!」

「アハハハ!嫌だって言っても、そういうものなんだから仕方ないですよ!!」

 アドリアンにそう言われ、クララは口を尖らせてトイレに向かいました。

 時を同じくして、座席番号K-236〜240の観客席に座っていたオティリア達5人は、一斉に席を立って選手控え室に向かっていました。


 5人は、ドルレットが5人とともに暮らしていたブラックカカオの別荘を出て一人暮らしを始めてからも、メッセージアプリ『チョコライン』で連絡を取り合っていました。厳密に言うと、行政機関に所属し、オティリアの専属担当者として働いているルミニツァは毎日ブラックカカオの別荘で寝泊まりしているわけではかったのですが、週に3日くらいは別荘に泊まっていました。オティリアにとってルミニツァは母親の次に頼りにしている人でしたし、ルミニツァにとってもオティリアは、歳の離れた妹のような、大切な存在になっていたからです。

 ドルレットはルミニツァ以外の4人に、「もしチョコレツィカさんを見つけたら、必ず連絡する」と約束していました。ルミニツァもドルレットと同じようにチョコレツィカのことを心から尊敬していましたが、チョコレツィカが望み通り一人で静かに生きていけるよう協力をした行政機関の職員なので、彼から「チョコレツィカさんが見つかりました」と連絡をもらう立場ではなかったのです。

 コドリナとマリオアラは、自分達が別荘で暮らし始めてからチョコレツィカが行政機関から離脱するまでの間、常にチョコレツィカに反感を抱いていましたし、オティリアに至っては強烈な恐怖心を抱いていました。しかしルミニツァをはじめとする行政機関の職員が時間をかけて少しずつ、彼女の恐怖心を小さくしていったのです。「もしチョコレツィカさんやチョコクラージュさんがいなかったら、今でも毎日、数え切れないほどの国民が殺されていただろう」「君が無理にお父さんを嫌いになる必要なんて、無い。でも、お父さんが悪いことをしていた事実も、少しずつ、受け止めていかなきゃいけないんだ。少しずつでいいから」ルミニツァが中学2年生になった頃から、職員達は少しずつ、そういう話をし始めました。コドリナやマリオアラにも、同様の話をしていました。そして最終的に彼女達の心を大きく動かしたのはドルレット、もといデチェバルでした。彼はラウンジ会議でチョコレツィカについて語り、「僕は、必ず彼女を探し出してみせます」と宣言しました。そしてオティリア達に向かって「もし見つかったら、僕と一緒に彼女に会って、優しく声をかけてあげてくれませんか?お願いします!お願いします⋯!」と言いました。それから両手の指を真っ直ぐ揃え、両腕を身体の側面にぴったりと付けて、深々とお辞儀をしたのです。頭を上げることなく、彼はしばらく、そのまま静止していました。その姿を見たオティリア達は、チョコレツィカが見つかったら会ってもいい、と承諾したのです。 

 その後、ドルレットは"チョコレツィカさんを探して見つけるのではなく、チョコ-1 グランプリで決勝まで進んで、記者会見の場でチョコレツィカさんに呼びかけよう"と、思いつきました。けれども彼は、決勝進出が決まるまではオティリア達には言わないでおこうと考えていました。宣言して、敗退してしまったら恥ずかしいなと思ったからです。しかし既に述べた通り、オティリア達は試合の映像をテレビやインターネットで目にして、デチェバルだ!と気づいてしまいました。彼女達はすぐに『チョコライン』で「チョコ-1 グランプリの試合、出てたでしょ?」とドルレットにメッセージを送りました。ドルレットは"もう、認めるしかないな"と思い、自分であることを認めたうえで、記者会見で呼びかけるという自分の計画について話したのです。

 準決勝の前日、オティリアと『チョコライン』で会話していたドルレットは、「第1試合が終わったら、みんなと一緒に、選手控え室に来なよ。控え室がある通路の前に警備員の人が立ってると思うけど、妙な5人組が来たら、通してあげて下さいって伝えておくから大丈夫!」と伝えていました。そして、チョコ浜アリーナの各ゲートから控え室までの経路が分かる画像も送信していました。

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