第104話 フクロウになりたい男
ドルフの精悍な姿と『チョコだんご三兄弟』のギャップに、対戦相手のウラド・バサラブも動揺している様子でした。その動揺はやがて、"こいつ、こんなほのぼのした可愛い曲で入場しやがって、俺のことナメてんのか!?"という怒りに変わっていきました。しかしこの件に関して、言うまでもなくドルフは完全に冤罪でした。責められるべきは、二日酔いの状態で来て、音響スタッフにデタラメなことを言ったブリンコベアヌなのです。なので、バサラブに恐ろしい顔で睨みつけられたドルフは、本当は「違う違う!!俺じゃないのよ!!俺はこんな可愛い曲、選んでないのよ!!」と言いたい気持ちでした。しかし試合開始直前のリング上で、そんなことを言うわけにもいきません。仕方なく彼は我慢して、"お、落ち着け⋯俺!とにかく、試合に集中だ!"と自分に言い聞かせました。
「あの人、見かけによらず可愛い曲を選ぶね!アハハハ!」
座席番号K-236の観客席に座っていたオティリアがそう言うと、隣に座っていたルミニツァは、
「ほんとだね!家でお風呂に入るときも、もしかしたらヒヨコのおもちゃとか、浮かべて入ってるかもね!」
と答えました。
ブリンコベアヌのせいでドルフの風評被害が広がる中、誤解することなくドルフのことを正しく理解し、応援している人もいました。北部の街、ドゥワリウリにある児童養護施設"カサ・フェリチタ"で暮らしている少年、ラズバンです。
ラズバンは、ドルフも同じようにカサ・フェリチタで育ったことや、鉄筋工として稼いだお金の中から毎月、カサ・フェリチタに寄付や差し入れをしていることを知っていました。ドルフの趣味嗜好なども結構よく知っていたので、ドルフが入場するところを他の子供たちや職員と一緒に施設にあるテレビで観ていたとき、「あれ?おかしいな。ドルフ兄ちゃんはハロチョコウィンの大ファンだから、ハロチョコウィンの曲を選ぶはずなんだけど⋯ドルフ兄ちゃんも納得してない顔してるし、これ、誰かのミスじゃないかな」と、鋭い考察を述べました。それを聞いた女性職員イリンカ・ロマンは、こう言いました。
「そうなの?確かに、ちょっとドルフさんらしくない曲ね。でもまあ、曲で勝負が決まるわけじゃないからね。ドルフさんはシャイなところがあるから、口に出しては言わないけど⋯きっと本当は、みんなを喜ばせたくて、チョコ-1 グランプリに出たんだと思う。みんなを笑顔にしたくて。だからみんな、精いっぱい応援しましょうね!」
子供たちは元気よく一斉に、「は〜い!!」と答えました。
試合開始のゴングが鳴らされました。ウラド・バサラブは試合開始直後から、積極的に前に出ていきました。ドルフは、同じようにバサラブが序盤から攻めまくった準々決勝の試合を映像で観ていたので、"やっぱり、そうきたか"と思いました。動揺することなく、冷静に対処しながら、反撃の好機を窺っていました。
第1ラウンドが終わったとき、"来世があるなら、猛禽類に生まれ変わりたい"と本気で思っているほどの猛禽類好きであるドルフは、"フクロウ作戦"を思いつきました。
音を集めるパラボラアンテナの役割を持つ丸い顔と、全く音を立てずに羽ばたくことが出来る特殊な構造を持つ羽によって、真っ暗闇でも獲物の位置をセンチメートル単位で特定し、無音で獲物を狩るフクロウ。そのフクロウになりたいドルフは、こう考えました。
"向こうはガンガン前に出てくるから、距離はほとんど無くなる。近ければ相手がよく見えるかと言うと、実は逆だ。近過ぎると、見えない。ガードも固めないといけないし、顔も下に向けるから、近づけば近づくほど見えなくなる。まさに暗闇だ"
ドルフは前蹴りなどで距離をとるようなことはせず、前に出てくる相手をそのままにしておきました。バサラブは首相撲に持ち込もうとしたり、ティーカオ(組み合った状態からの膝蹴り)を出してきたりしましたが、ドルフは大きなダメージを受けないよう、上手に対処しました。首相撲は、両手で首の後ろを完全に掴まれてロックされると、逃れることは困難になります。なのでドルフはダンナーと呼ばれるムエタイのテクニックを使いました。簡単に言うと、手で相手の顎を上に押し上げるのです。そうすると、相手はこっちの首の後ろに手を回してしっかり掴むことが困難になるうえ、膝蹴りをしようとしても力が入らなくなります。そのうえ、こっちが打つ膝蹴りなどに対しては防ぐことが出来なくなるので、とても有効なのです。
顎を無理やり押し上げられた状態がしばらく続き、バサラブは苦悶の表情を浮かべました。そのときドルフは、こう考えました。
"いまバサラブは手を俺の首に回しているから、ガードはしていないし、顔も下に向けてはいない。だが、下でも上でも、同じだ。俺のことが見えなくなる、暗闇になるという意味では、同じだ"
バサラブが苦しさに耐えられなくなり、首相撲に持ち込むのを諦めて離れようとした瞬間、ドルフはダンナーに使っていた手をさっと引きました。今まで上に押し上げられていた反動で、バサラブの顎は下に下がりました。その瞬間、ドルフはその顎にアッパーを突き刺しました。バサラブの脳は縦に激しく揺れ、意識が飛びました。そのままダウンし、レフェリーがテンカウントを終えるまでに立ち上がることは、出来ませんでした。試合は、終了しました。




