第103話 出鼻をくじかれたドルフ
クララはデチェバル、もといドルレットが姿を現すのだと思ってドキドキしながら待っていたのですが、登場したのはドルフ・マリネスクとウラド・バサラブでした。
ドルレットが準決勝で戦う相手は、準々決勝でコスミン・アルジェサーヌを破って勝ち上がってきたセルバン・コドレアヌでした。ドルレットは準々決勝の第2試合で勝ち、コドレアヌは第4試合で勝ったので、ドルレット対コドレアヌの試合は準決勝第2試合だったのです。まず先に準決勝第1試合で戦うのは、準々決勝の第1試合と第3試合でそれぞれ勝利したドルフとバサラブでした。
一度、場内の照明が完全に落とされてから、ドルフが現れる通路にスポットライトが照射されました。様々な色に光るレーザー光線も、闇を切り裂き踊り狂うように照射されました。ド派手な演出の中、爆音で流されたのは名曲『チョコだんご三兄弟』でした。ドルフは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてから、"な⋯なぜだ!!俺がリクエストしたのはハロチョコウィンの『チョコクロウズ』だったはずだ!!"と、困惑の表情を浮かべました。
この物語の語り手である私は、なぜ、そのような悲劇が起きたのか説明しなければなりません。実は、チョコ-1 グランプリ運営委員会のアムザ・ブリンコベアヌは前日の夜、深夜3時まで、自宅の近所に住むソリン・ムレシャヌという名の75歳のジジイと酒を飲んでいました。なぜジジイなどと乱暴な言い方をするのかと言うと、「老人」とか「年配の男性」「老翁」などと表現するよりも、ソリンの魅力を伝えるにはふさわしいからです。ソリンは古代ギリシャで言うと犬儒派のディオゲネス、画家で言うとロートレック、俳人で言うと種田山頭火、袋ラーメンで言うと本中華みたいな人でした。つまり、気づいたらいなくなっていて、公園の草の上で、コオロギと一緒に寝ていたりするのです。
そんな自由人であるソリン・ムレシャヌと、ブリンコベアヌは『結局、どの袋ラーメンが一番美味しいのか』という重要な議題について深夜まで激論を交わしていたのです。
翌朝、寝不足と二日酔いのコンボ状態でチョコ浜アリーナに来たブリンコベアヌは、音響スタッフに「ドルフさんの入場曲は、ハロチョコウィンの『チョコクロウズ』ですよね?」と訊かれ、「え?いや⋯彼は、ぜったい嫌だと言ってたよ。『チョコだんご三兄弟』にして下さい、って言ってたよ」と、完全に間違った情報を伝えてしまったのです。ブリンコベアヌに悪気は全く無く、完全に『二日酔いで意識と記憶が混濁したことによる言い間違い』でした。
真剣な戦いの場で可愛らしくユーモアにあふれた『チョコだんご三兄弟』を流されたドルフは完全に出鼻をくじかれた状態になりましたが、"これくらいのことで動揺しちゃダメだ!!落ち着け、俺!"と自分に言い聞かせました。観客は、ドルフが自分のセンスで『チョコだんご三兄弟』を選んだのだと勘違いして、クスクス笑ったり、笑いを堪えたりしていました。子供の観客もいたので、流れる曲に合わせて楽しそうに歌い出す子もいました。横にいた母親は慌てて、「シーッ!歌っちゃダメよ!あのお兄さんが大好きな曲なんだから。邪魔しちゃダメ」と注意していました。
実況アナウンサーも顔を引きつらせて苦笑しながら「アハハハ⋯いや、なんとも素敵な選曲ですね」と言い、全国各地で試合を視聴しているほとんどの人達が、"選曲したのはドルフ"と勘違いしてしまいました。格闘技の大会であるにもかかわらず、ピリピリと張りつめた空気ではなく、ほのぼのとした幼稚園のような空気が漂ってしまいました。
"ブリンコベアヌ⋯お前だけは⋯絶対に許さん⋯!!"
ドルフは対戦相手のバサラブよりも、ブリンコベアヌに対する闘志が燃え上がっている状態になりました。




