第59話 ⚔✧
(この前試したレーダー。これを使えば――背後を振り返る必要すらない。)
レーダーを展開したアスタリアは、全方位の気配を捕捉する。弾むような足取りで敵へ跳びかかり、迫り来る斬撃を剣でバチンと受け止めた。
(相手騎士にダメージを負わせたいところだけど、今の私は『教官』でもある。教え導く役目も果たすべきかな?)
剣の下から覗く口元に笑みを湛え、手首の角度を滑らかに切り替え、身を翻して回し蹴りをお見舞いする。
さらに三人の騎士が襲いかかる。アスタリアは独楽のように回転し、不意を突き剣の柄頭で逆方向からの一撃を顎に叩き込み、返しの刃でもう一人の胸元を薙ぎ払う。同じ瞬間、もう一方の剣も残る一人を斬り伏せた。
双剣の真髄、それは連携だ。
(よし、一気にいくよ!)アスタリアは『旋風斬り(ワールウィンド)』を発動し、陣形が崩れた騎士たちの群れへ、竜巻のように突っ込んでいく。
役割が逆になり、今度はサーベルが側面からアスタリアを守り、堅実な立ち回りに徹する。
サーベルの瞳が輝き、胸の奥に、まるで光が差し込んだような感覚が広がった。
長年積み重ねてきた鍛錬も、騎士になるために歩んできた道も――すべては、正義のために戦い、仲間と肩を並べるひとつひとつの瞬間のためにあったのだ。
「まだまだ……」
伯爵はまだ諦めていなかった。低く押し殺した声が、口元から漏れる。
その時、死角では、先ほど盾撃を免れた弓兵たちがすでに体勢を立て直し、密かに攻撃を仕掛けようとしていた。
だが、あまりにも手ごわい。アスタリアの動きは速すぎる。サーベルは堅牢な鎧を纏っている。
二人はそれぞれ、自分に最も適した戦い方を選んでいた。鎧を着なければ高い機動力を得られるが、一撃を受ければ即終わり。
弓兵たちが弦を引き絞った瞬間——
アスタリアは迫り来る騎士へ爆発的に突進し、斬りかかってくる一撃を剣で弾くと、なんと相手の胸当てを踏み台にして飛び越え、宙で身を翻しながら周囲の騎士たちへ双剣の回転斬りを叩き込む!
さらにもう一人の騎士を蹴り飛ばし、再び空へ舞い上がると、双剣を両手から放り投げ高空へと舞わせた!
手元で銀色の光が疾走する。金属線に繋がった短剣が二方向にいる弓兵へと飛翔し、流星錘の如く弓兵を薙ぎ払う。
弓兵たちの狙いを鮮やかに打ち砕いてみせたのだった。銀色の閃光がヨーヨーのように手元へと引き戻されると、アスタリアは空から降り注ぐ双剣を完璧にキャッチ。
その一連の動きと意表を突く技を流れるように繋ぎ合わせ、独特な戦闘美を形作っていた。
長年の剣術修行の中で、貴族お抱えの剣術教官の手を借りることでしか学ぶ方法がなかった。その剣術教官はかつて王室に仕えていた退役騎士だったが、教わったのはあくまで基礎技術と、ひたすらの反復練習。時折、多人数を相手にした模擬戦も経験してはいた。
今日のような――一対多数。しかも相手は完全武装し、同じく長年の鍛錬を積んだ騎士たち。そんな相手を一人で迎え撃つ戦いなど、これまで一度たりとも経験したことがなかった。
戦いの中で成長するのに向いているらしい、と感じる。より強い戦闘能力へと進化しているような感覚があった。
ウィンストン伯爵は叫び声を上げようとしたが、もう無意味だということを、心の奥では分かっていた。 言葉を飲み込んだ。
アスタリアが駆け抜けるたびに響く、金属が激しくぶつかり合う音。領地騎士たちの唸り声。そして——静寂が訪れた。最後の領地騎士が、力尽きて地面に崩れ落ちる。
倒れ伏した領地騎士たちの中にただ一人立つアスタリア。
ゆったりとした衣服の下には、引き締まった強靭な体。両手に双剣を握り、
低めのポニーテールに結んだピンクの髪が揺れる。勝利の光を浴びて、凛とした背中がはっきりと浮かび上がっていた。
その背後、剣と盾を手にしたサーベルが立っていた。全身の鎧は白金のような輝きを放っている。
サーベルは手にした剣を下ろし、兜を脱ぐ。露わになった黒髪と、黒豹めいた獰猛さと、余裕を湛えた顔つき。
並び立つ二人がなすのは、まさに『剣と盾』そのものたる無双の一対――その場に立つだけで、圧倒的な戦場の支配者たる風格を放っていた。
アスタリアは、ふう、と小さく息を吐き、振り返り、サーベルとルーカスに視線を送った。
(出番だよ。)
壁の外では、ヨナがすでに大きな馬車を操り、子どもたちを乗せてエスダロスと向かっていた。国境ではレベッカが待ち受けている。
ルーカスはウィンストン伯爵の元へと真っ直ぐに歩み寄った。
周囲の、倒れて起き上がれない、あるいは起き上がる気力もない領地騎士たちから、ヒソヒソと震える声が漏れた。
「あ、あいたた——王家騎士団から来た者……怖すぎるだろ……」
「ふふっ、昔は……この国は終わってると思ってた。若い連中は誰も真面目に練習せず、出世ばかり夢見てると思って……本当は切り札は王家が隠してたってわけか」
「練習もせず、出世ばかり夢見てるって、あのヴィヴィアンさ、ここにはいないのね」
サーベルの心はアスタリアへの畏敬で満たされていた。本当に、なんて不可思議な人なのだろう。
長年、王家の騎士団に身を置いてきたが、こんな規格外の人物がいるなんて噂すら聞いたことがなかった。彼女は、王家が隠し持っていた秘密兵器とでも言うのだろう。
サーベルは領地騎士たちに凛とした声で告げた。
「本日の訓練はここまで。皆、この場で解散し、各自戻って休むように。怪我の酷い者は残るように。手当の手配と記録を行う。」
ビシッと決まったその号令の直後。
横からアスタリアがひょっこりと顔を出し、とんでもないことを付け加えた。
「あ、怪我をして治療が必要な人はそのまま残っててね。後で私が手当てしに戻ってくるから。」
「「「……え?」」」
その言葉に、領地騎士たちの間に本日何度目かわからない衝撃が走る。
「あんな狂い舞うような戦い方をして……怪我の手当てまでできるのか!?」
彼らの認知は、もはや完全に限界を迎えていた。
一方、指揮を執っていたウィンストン伯爵は、王室が遣わした得体の知れない怪物と、自分たちとの間にある絶望的なまでの実力差を、骨の髄まで思い知らされていた。
力なく首を垂れるしかない。
――もう、終わったのだ。
そこへ、ルーカスの穏やかな声が降り注ぐ。
「ウィンストン伯爵。少し、中で話し合いましょうか。」
伯爵は何も言葉を発さなかった。ただ、重々しく身を翻すと、すべてを諦めたように背中を丸め、城の中へと案内するように歩き出した。
サーベルはどこか全身に輝きを纏い、アスタリアへ向き直る。
「アスタリア様、感謝する。あとは私が引き受けるよ。」
「うん。ちゃんと計画通りに進んだね。」
アスタリアはルーカスのところへ向かい、気配を消して城の大広間へと滑り込んだ。
なんとか間に合ったみたい。そこに領主だった者たちが一堂に会していた。




