第58話 ⚔✧
瞬時に静寂がその場を支配した――転がる甲冑騎士たちの中央で、アスタリアは悠然と佇んでいる。
「おい、おい、まだ15歳ほどにしか見えない少女が、鎧の一つも身につけていない」
「一体何者だ……!? フラマリス王家から遣わされた『戦神』とでも言うのか……?」
まだ出撃を命じられていない騎士と、地面にぐでんと倒れ伏し、まるで身を寄せ合うコアラのような騎士たちは、それぞれ呟いた。
「第二陣形を展開せよ!残りの者は武器を取りに戻れ!」
ウィンストン伯爵は、すぐさま次の号令を飛ばした。
騎士たちが素早く配置を切り替える。その緊張感漂う空気のなか――
アスタリアの心がどきゅんとする。まるで一匹の大きなピンクの虎が、分厚くてぷにぷにしたチョコレート色の肉球で、つつきたがっているみたい。
――なんだかわくわくする。今度はどんな『ねこじゃらし』を出してくるのかな?
すると、圧倒的な圧迫感を伴い、分厚い『盾の壁』が組み上げられ、
まるで、人間の姿が見えない強固な鋼の壁が、何もかもじりじりと押し潰そうとしてくるかのようだった。
(か、カメの甲羅流……?)
アスタリアは瞬時に判断する――
彼らは金属線と大剣を使う私を封じる対策を心得ている。
あの盾、普通のと違う。盾壁を形成するためだけに作られた特大盾だ。構えれば、顔面までほぼ完全に覆い隠されてしまう。
そこでアスタリアが選んだのは、
シュタッ。「ヒーラー(治療)」へとジョブチェンジし、大樽の上へ飛び移り、騎士サーベルの背後に隠れる!
アスタリアは剣を腰に差し、サーベルの背後からひょっこり顔を覗かせ、その両肩にそっと手を添えた。(いっぱい引き寄せちゃった。)
サーベルは迷わず地面へと飛び降りた。
たったそれだけの動きで、相手は息を呑んだ。なぜなら――
サーベルは即座に腰を落とし、重心を下げて移動する。
相手の視界は、隙間なく構えられた巨大な盾に遮られ、彼女の姿がまったく見えない。
もし盾の上からこちらを確認しようとすれば、隙を晒す。
敵の最善策は、移動を止めて包囲網を維持すること。
だが、そんな判断をする時間は一瞬にも満たない。
サーベルはすでに動きを止めきれていない盾兵の一人へ、鋭いシールドバッシュを叩き込んでいた!
その衝撃で、盾兵は地面へ転がるように倒れた。
サーベルの動きに合わせ、アスタリアは大樽の上から躍り出し、倒れ伏した盾兵の左右へと狙いを定め、大剣を下へと投げつける!こうして、鉄壁の盾列に一筋の亀裂が走った。
アスタリアがサーベルの背後へ動いたのは、敵の意識を欺くためだった。
サーベルはその亀裂を逃さず、戦線を押し広げるように踏み込み、盾兵の背後に控えていた剣盾兵へと斬り込んだ。
「盾兵、足を止めろ!気にするな!他は速やかに配置を補い、盾壁の穴を塞げ!」伯爵は即座に、最善手を叩きつけた。
アスタリアが剣を捨てたのを見て、伯爵の口元には冷酷な笑みが浮かんだ。
「外周の剣盾兵を丸腰の敵にぶつけろ!」
まだ余裕が残っていた。彼には、もう一つ切り札があったからだ。
「弓兵、構えろ!」
その一言で、危機は突如として跳ね上がった!
城壁の上、そして剣盾兵たちの背後から、ぞくぞくと弓兵が姿を現す。
さっきの「武器を取りに戻れ」という命令は、実は弓兵を配置させるための裏の指示だったのだ。
樽の上に立つアスタリアは、足元を狙って突っ込んでくる剣盾兵へ二本の短剣を投げ放った。
その時、少し離れた城壁の上で、ルーカスは自身の剣の柄に手をかけ、アスタリアへ剣を投げ渡して魔法で矢から守ろうと決意した。
だが、アスタリアが選んだのは――跳ぶ、着地、『脱兎の如きトンズラ』だった。
ルーカスは剣を投げるフォームのまま、ピタッと固まってしまった。
アスタリアは着地すると、すばしっこくサーベルの隣へと滑り込んだ。
この場で、すでにサーベルとアスタリアの連携攻撃によって乱されていたが、盾兵は大盾によって倒されにくく、同時に攻撃もなかなか通らない。敵の進撃を阻む、まるで「重力」のような盾兵の役割だった。
伯爵は正統派の戦闘セオリー「武器を持たない=戦闘力ゼロ」で判断を下した。
「彼女の剣を拾え!」と剣盾兵に指示を出す。
——違った。アスタリアが拾い上げたのは、地面に転がっていた「剣盾兵の盾」だった!
(誰が剣しか使わないって言ったの?)
アスタリアはそのまま盾を構えた。いや、構えたのではない。
敵の騎士たちは一瞬、認知の処理が完全に追いつかなかった。
——盾だけで、何をする気だ?
常識的な騎士なら「盾=防具」と考える。
アスタリアは常識の斜め上をいっていた。
伯爵は瞬時に「矢を防ぐ気か!」と判断したが——甘い。
(これ、けっこうかっこいいな)ただそう思って、アスタリアはそれを好き放題に使い始めた。
アスタリアは全身の筋肉をバネのように使い、猛烈な勢いで回転する。
遠心力で加速した大盾が、恐ろしい風切り音を立てる。
ズドォォォン!!
金属線で繋がれた盾は、まるで獣のように戦場を滑走し、敵陣を縦横無尽に駆け巡った!
「「ヒエッ!?」」
城壁の弓兵たちはビクッと仰け反り、咄嗟に飛び退いた。
「「ひぃっ!?あの盾、城壁から飛ん——」「ぐあっ!!」」
地上の弓兵たちの前には木製の防護柵が設けられていた。
それでも、尋常ではない質量の直撃を受け、次々と薙ぎ倒されていった。
アスタリアは相手が三度目の陣形を整えるのを待つ気なんてサラサラない。
言葉通り、攻撃を防御とし、猛攻へ転じる。
アスタリアは、先ほど盾の衝撃を受けた剣盾兵の剣を足で蹴り上げ、手に取る。再び『双剣狂戦士』へと戻った。背後には、盾と剣を携えた『騎士』サーベル。
背中合わせの二人は次の瞬間、意図を汲み取り、流れるような回転で連携攻撃へと移った。
サーベルは盾と剣で周囲の敵を押さえ込み、アスタリアを解き放つ。
アスタリアは突破の楔となり、穿たれた突破口へ凄まじい勢いで斬り込んだ。
伯爵は陣形を計算し、弓兵への合図まで組み立て、武器を失った敵の詰み筋まで見切っていた。
だが、ただ一人……この型破りで規格外の存在だけは、絶対に読み切れなかったのだ。




