第53話 ☃⚔
ベリルに割り振った任務は、昼のうちに廊下や窓から内部をこっそり観察して、西側の部屋の用途を把握することだった。
おかげで昼のうちに領主の部屋、家令の部屋、そして領主の息子の部屋の位置はもうわかっている。
それに、ガーネットは今、エスダロス側を見張っている。
今夜は私の出番だ。三手に分かれて進む!
闇夜に紛れて、アスタリアは死角となる壁際へと滑り込んだ。
光とは電磁波だ。この世界に来てから、自分の光魔法は電磁波そのものを操れるのではないかと考えていた。実際に試してみると、案の定その通りだった。
そして、レーダーや医療用のX線だって、電磁波の一種なのだ。これまでの検証で、自分が放つX線による反応や、レーダーのように跳ね返ってくる電磁波を、ある程度感知できると確認している。
なら、透過率の高い短パルスの電磁波を使えば、壁越しに内部構造を調べられるのでは?
だが――実際に城の壁に使ってみると、現実はそう甘くなかった。
光魔法で壁を透過させようとすると、ほんのわずかな距離しか探査できない。それに、城の内部は広すぎた。
そこへ、ルビーがひょこりと肩の上から頭を出し、部屋に忍び込むと買って出た。
監視対象を絞るなら、城の中に人を隠している可能性があるのは、発言力を持つ者だ。つまり領主本人か、あるいは領主が黙認している人物のはず。
ルビーが忍び込んで、領主の部屋に隠し扉がないか確かめるのは一つの方法だけど、それはかなり危険だ。私が近くで待機して、いざという時にはすぐ動けるようにしなければならない。
それに、ルビーの羽の色は少し目立つ。
待て、色が見えるってことは、特定の波長の光が反射しているってことだ。
ならば、ルビーに電磁波の魔法を薄く重ねて、羽毛の光の反射をある程度抑えることはできないだろうか?
「ふふっ……」
ピンチの後にはチャンスあり。アスタリアの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
さっそく、アスタリアはルビーと一緒に壁際で体育座りし、こそこそと光盾の反射チューニングの研究を始めた。
……よく考えると、領主と家令の部屋は2階。その上の3階は執務室。そして1階は、物置として使われているらしい。
(あ……!)ふと、閃いた。
このレーダー、壁を透過して探れる距離は短いけど、3階の床と1階の天井から逆算すれば、2階の壁の配置が分かるじゃない!
平面図って、そもそもそうやって描くものだよね。
それに、1階から探るだけでも、壁の向こうの階段の存在くらいは感知できる。これが一番いい。
少し離れた暗がりから、斜めの角度で領主の部屋のあたりを窺う。
窓はどれも厳重に施錠されている。とはいえ、数日を過ごすうちに、そこの窓の構造にはもう慣れていた。光魔法で金属のパーツを操って解錠するくらい朝飯前だった。
アスタリアはすぐさま盗賊顔負けの身軽さで動き、領主の部屋の真上にあたる3階へと潜入した。
3階の執務室は、その名の通り……ただの執務室だった。机と椅子、壁際に並んだ書棚、壁に掛けられた地図。特に怪しい仕掛けは見当たらない。
ベリルの昼間の観察によれば、隣は帳簿部屋で、二つの部屋は扉一枚で繋がっている。
(よし、部屋の寸法を測ろう。)
そのため、きょとんとした顔をした、まん丸の大きな目のベリルを両手で抱きかかえ、壁際に立った。
ベリルの目は、まるでレーザー測距計のようだ。距離を鋭く読み取り、獲物の位置を割り出す――狩りには欠かせない特技だった。
もふもふのベリル、滑らかな羽の感触。まるでぬいぐるみを抱っこしたまま壁に寄りかかるその姿は――ぬいぐるみと一緒にプリクラを撮っているみたいだ。
やがてベリルがくるりと首を90度回転させ、別方向の距離を測り始めた。
アスタリアは手元のノートに、得られた数値をすらすらと書き込んだ。
そして、いくつかの要所で手をついてしゃがみ込み、意識を集中させ――階下の壁の位置を感知する。
続いて向かった1階。
張り詰めた静寂の中、カーテンを開けた瞬間――巨大な影が迫ってきた!
一瞬固まり、息を呑んだ。
暗闇の中に、骨の質感を持つ、いくつも枝分かれした巨大な角が突き出されている。2メートルを超えるほどの角が出てくるなんて――本当に肝を冷やした。
正体を確かめる――それは、本物の鹿の枝角と鹿の頭部だった。頭部は一見すると剥製かと思ったが、よく見ると革製だった。
それらで形作られていたのは、巨大なフロアスタンドだった。
いや、フロアスタンドの下はさらに異様だった。まるで魚の鱗のような、不気味なもの。
目を凝らすと、剥がされたワニの皮が……6メートルもの長さで、床に敷かれていた。
周囲の壁には物々しい武器がずらりと掛けられ、やけに迫力がある。
これほどの鹿の枝角とワニの皮を見てしまえば、もはや他のものなど珍しくも何ともない。
(それにしても、ずいぶん広い……)
奥は別の小部屋へと続いており、そちらの壁には大きな熊の頭が飾られていた。
隠し通路があるなら、当然壁際から探れるはず。
アスタリアは素早く手順通りに動き出し、壁伝いに慎重に移動していく。
小さな物置部屋の熊の頭付近を探った時――(あった。)隠し通路を発見した。
部屋の配置から逆算するに、隠し通路があるのは1階と2階だけ。
壁の向こうが隠し通路だとすれば、この壁のどこかに扉があるのか。けれど、壁際の物を不用意に動かして痕跡を残すのはマズい。
そこで意識を集中させ、レーザーで石積みの隙間や、石の裏に隠された仕掛けの有無を探った。
見つけたのは、ソファの裏に隠されていた、押し込めばスライドする石レンガだった。
だが問題は、その穴がレンガ一つ分ほどの大きさしかなく、人間が潜り込めるサイズではないということだ。
ここはルビーの出番だ。ルビーはその穴へ潜り込み、しばらくすると戻ってきて調べた結果を伝えてくれた。
地下へ続く通路はかなり深く、その最奥には石扉が一つある。力では開けられないらしい。そして、もう一つの石扉は領主の部屋にある。
ソファを元の位置に戻した後、手元の光魔法が放つ柔らかな光で周囲を改めて見回すと――ガラス瓶、生活用の鉱石らしきもの、そして、いかにも高価そうな武器も積まれていた。
(ひとまず今日はここまでにして撤退しよう。明日ルーカスに「伯爵を狩りに誘ってみて」と頼んでみよう。)
もし地下室に何もなかった場合、勝手に侵入したことがバレたら、ややこしい問題に発展しかねない。
……とにかく、今日はもう寝よっと。明日の朝、ガーネットに生の鶏肉という残業代を届けてあげなきゃいけないし。
✧ ✧ ✧
アスタリアが城の西側の外れを離れようとしたその時。
二階の暗い窓の奥から、一対の鋭い瞳が、遠ざかるアスタリアの背中をじっと見つめていた。その黒ずくめの人物は、暗闇の中に佇んでいた。




