第51話 ✧❀
レベッカとリリーが去ったあと、アスタリアは近くの木の太い枝に腰を下ろし、持ち歩いている乾燥野菜をつまんでいた。――オクラ、キュウリ、ニンジン、カボチャのスライス。それに、塩漬けにした葡萄の葉を細かく砕いたものがまぶしてある。
塩漬けの葡萄の葉から、どこかお茶に似た不思議なハーブの爽やかな香りが鼻を抜ける。ほんのりとした塩気が、干して味がぎゅっと濃縮されたニンジンやカボチャの甘みや風味にほどよく絡み、逆にオクラとキュウリはあっさりしていて、絶妙なバランスだ。
(うん、悪くない。)
ポリポリと小気味良い音を立てながら、アスタリアは思考を巡らせる。
やっぱり、ジェニーのためにも早く子供に何が起きたのか突き止めて、犯人を捕まえたいな……
昼間は小鳥に任せて、夜は光魔法のレーダーで領主の城と貴族の屋敷をスキャンする。それが最も合理的だ。
まず、レベッカのところへエスダロスの貴族の屋敷に関する資料をもらいに行こう。
レベッカが帰ってから思いつくなんて。さっきの茶番みたいな嘘にペースを乱されたせいだ。
そう呟きながら、アスタリアは立ち上がり、小さな町へと足を向けた。
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今日はたまたま市の日だったらしく、通りにはずらりと露店が立ち並び、近隣の村人たちも繰り出して、いつもよりずっと賑わっている。
国境を越えて商いをする商人の荷馬車が、街の外縁を縫うようにひっきりなしに行き交う。
露店の屋根に、強い日差しを遮るための粗い黄色や褐色の天幕が張り巡らされていた。
屋台には、塩漬け肉や真新しい空のワイン瓶、葡萄の蔓を整えるための鋭利な剪定ナイフ、さらには搾りかすで作った肥料や石鹸まで、多種多様な品々が並んでいた。
「いらっしゃい!葡萄の搾り汁はどうだい!」
「こっちはレーズン入りのミルク羹だよ――!」
そして、領主配下の兵士の警戒するような視線も混じっている。
市場全体は賑やかでありながら、ピリッと張り詰めた生々しさが漂っていた。
(そういえば、ここは葡萄の産地だし、フラマリスからも近い。そのため、市場にはこれほど多様な品が並んでいるのだ。
ここ数日、関所を通る際に、フラマリスから木材や畜産物が運び込まれるのを見た。葡萄の収穫期になれば、逆にここからフラマリス全土へ葡萄が輸出されるのだろう。)
アスタリアは興味深そうにきょろきょろと周囲を見回した。
ふと、ある露店で面白い形の帽子が目に留まった。
それはまさに、カウボーイハットそのものの形をしていた。
(この世界にもカウボーイっているのかな?)
……いや、でもエスダロスは南方に位置しているし、日差しも強い。地形的にも、こういうつば広の帽子は実用性という意味で重宝されているのだろう。
定住する家を持たないため、これまで荷物になるような物は極力買わずにいた。
……なんだか、妙な引力に抗えずこの帽子が欲しくなり、あっさりとそれを購入した。
「それ、お似合いですよ。あっちにもうちの店があるんで、よかったら覗いてみてくださいね」帽子を売っていた若い女性が、通りのはずれを指さした。
「あの街角に大きな樽が置いてある場所ですか?」
「そうそう、あれ。あの大樽、運び出さなきゃ。捨てる予定の樽だからね。」
「あの廃棄する樽って、中は綺麗?綺麗なら私がもらっていってもいい?」
「綺麗は綺麗だけど、水漏れするよ?それでよければ、こっちも片付いて助かるけど……」
店員は意外そうな表情で瞬きをした。
「分かった。ありがとう、ちょっと見に行ってくる。」
アスタリアは買ったばかりの帽子を被ると、機嫌よくその店に並ぶ小さな樽詰めのワインや、ブドウの枝を編んだ籠を冷やかして回った。
それから店主に断りを入れ、金属線で大樽をぐるりと括り、愛馬の背にしっかりと固定して引き取った。
(葡萄の産地だから、醸造用の大樽がいくらでも転がっているのね。
さて、こんなデカい樽をもらってどうするつもりなのか。まあ、葡萄の産地だし、何かの役に立つだろう。
ともあれ、今はレベッカを探さなくちゃ。)
アスタリアはすぐにレベッカを見つけ出した。レベッカから「執務室に行ってヴィオラから資料をもらってきて」と、頼まれた。
(ヴィオラ……聞いたことはあるけど、まだ会ったことがないな。)
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レベッカの執務室は、二階建ての建物だ。白い外壁の上に、深褐色の瓦屋根が緩やかな傾斜を描いている。
中に入ると、そこには意外にも小さく痩せた老婦人――ヴィオラがいた。
一通りの挨拶を済ませて、アスタリアは必要な資料を手に入れた。
執務室の壁にはいくつもの古びた勲章が誇らしげに飾られ、その傍らには、いかにも使い込まれた中くらいの「槌」が掛けられていた。
(……つまり、かなりの手練れってこと?)
「ヴィオラさん。その勲章は領主から授与されたもの? 」
「これらの勲章は、昔手に入れたんだ。私はよそから流れてきたんだよ。歳をとって若いもんに席を譲ってね、誰も来たがらないこんな辺境にやって来たのさ」
ヴィオラは答えた。その眼差しは、季節の移ろいを経て、虚飾を削ぎ落とした純粋さを湛えている。
「……あれ?この勲章ちょっと違う、刻まれている名前は『ブランデン』?」
「ああ。それは私が若かった頃に名乗っていた名前だよ」
ヴィオラは悪戯っぽく、ニヤリと笑った。
「……そう。面白――」
「ヴィオラおばあちゃん、今日はお話聞かせてくれる?」窓から浅黒い肌の女の子がひょこっと顔を出した。
「お前さん、また他の子供たちと遊んでないのかい?」
「あいつらつまんないんだもん。カミキリムシばっかり捕まえててさ。ボクはやっぱり、ヴィオラと月毛の馬の武勇伝が好きだな――もっと聞かせてよ」
ちょうど歯の生え変わり時期なのだろう。前歯の抜けた笑顔で、女の子は無邪気に笑った。
「では、私はこれで。またね。」
アスタリアはひらりと手を振る。
こうして資料を手に入れたアスタリアは、帽子を被り、赤茶色の馬の背に載せた大きな樽をガタガタと揺らしながら、今日はなかなかの収穫だった――そう思うと、妙にご機嫌な足取りで帰路についた。




