第49話 ☃✧
领主夫人の部屋での件を終えたアスタリアは自室に戻り、少しだけ仮眠を取った。
昨日は巡回をしなかった。それに、こちらの城構造もある程度把握できたから。
というわけで今エスダロスの領地に来ている。
目の前にそびえるのは、エスダロスの領主城。
この建築の様式は、これまで見てきたものとは全然違う。
以前、エルザと一緒に配達で訪れた城は、白亜の壁と淡い紫の尖塔がある、童話のような雰囲気を感じさせる新造の城だった。
私が住むフラマリスの城は、外壁も主棟も、粗削りな石積みで造られている。無骨な軍事色と幾星霜の気配が立ち込める。
サーベルのところは新しく、非常に整然とした大型の石レンガのスタイルで、堅牢さや防御性を強く意識した造りになっていた。
けれど、目の前にあるエスダロスの城は、そのどれとも異なっている。
――壁は黄みを帯び、家並みが輪のように幾重にも連なる。それはひとつの山を成し、高く聳え立っていた。
防衛のために、まわりはあえて開けている。
空虚で圧倒的な視界。
乾ききった黄土がどこまでも広がっている。
見知らぬ世界に放り出されたような、異質な感覚に包まれるように……。
フラマリスの城なら、地下室の探索計画はとっくに立ててある。なにせ、ホームグラウンドだし。
でも、このエスダロスの城は難易度が高いな。潜入して地下室を探すとしたら、どうすればいい?
もし、あの領主夫人が言っていた「地下室は知らない」という言葉が本当なら……
このエスダロスの城への疑念は一気に強まることになる。
もちろん、各地に点在するお金持ちの大邸宅に隠されている可能性もあるけれど。
もしそこで証拠が掴めなければ、捜索範囲はエスダロスの内陸部へとどんどん拡大してしまう。
その時だった。上空を旋回していたガーネットから、ふいに報告の念話が届く。『レベッカが村で誰かとトラブルみたい。リリーも一緒。しかも、すぐ近く』
今朝はもともとレベッカのところに寄って、新しい情報が入っていないか確かめるつもりだったの。多分ないだろうけど。
それにしても、住民とのトラブルって。ここは私の巡回区域だ。巡回時間は黄昏どきなんだけど。
アスタリアはガーネットの位置情報を頼り、レベッカの元へと向かった。
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現場に到着すると、レベッカがいち早くアスタリアに気づき、ぱあっと顔を輝かせた。
「アスタリア、巡回に来るって分かってたよ」
(あ、昨日は来てなかった。それに、今は巡回の時間じゃないんだけどね。)
アスタリアは周囲を見渡す。
ここはなかなか良い村のようだ。白亜の平屋と二階建ての家々が並んでいる。付近では行商人たちが荷車を引いて物を売っていた。どこか文雅な気配が漂っている。エスダロスの内陸へ近づいたためか、白い家々と茶色い屋根が並び、また違った趣がある。
村人たちが様子をうかがっていた。
「なにがあったんです?」
「それが……村人から報告があって、昨夜また子供が行方不明になったって」
レベッカが眉を寄せる。
(……ってことは、私が昨日巡回をしなかったから子供が消えた、って話になる?)
「昨日の夜の報告?それとも今?行方不明になったのは昨日?
ここから、それとも別の場所から失踪したの?」
アスタリアの鋭い質問がポンポンと飛ぶ。
そのとき、刺々しい声が会話に割り込んできた。
「あんたたちが巡回してないから失踪が起きたんじゃないの? 巡回を強化するって言ったじゃない」
噛みついてきたのは、くすんだジンジャーカラーの髪をした、痩せた女だった。その両脇には、ふくよかな女性が二人。
「本当に申し訳ありません……見回りは強化しています。でも、領主が人員を増やしてくださらないと、私たちだけでは限界があります」
レベッカが真面目に説明する。状況は芳しくない。その横で、リリーは無表情のまま、ただじっと押し黙っていた。
レベッカがなんとか振り返って答えた。
「リリーに似顔絵を描いてもらおうと思って。ついさっき報告を受けたばかりなの。
昨日の夜、ここからいなくなったんだけど、周りに聞き込みをしても有力な手がかりはなくて……。
前々から、不審な人物には気をつけるように、特に黄昏どきより前から子供を外で遊ばせないようにって、村の人たちには伝えてあった」
(レベッカ、私のこと責めないんだ……ここは、私の巡回担当エリアなのに。
原因は私で……なら、私が乗り込んで――容赦なく「特大の鉄槌」を下すことになるよ。)
アスタリアは勝ちを確信したような笑みを浮かべ、横から滑り込むようにその場へ入ってきた。
→建前 「ごめんなさい、本当に申し訳ありません……!」
→本音 「自分たちで自主的に見回ればいいじゃないですか。村にこれだけ人がいるんだから。」
「自分たちで自主的に見回ればいいじゃないですか。村にこれだけ人がいるんだから。」
「何言ってるの、あんたたちは給料もらってるでしょ。私たちがタダで巡回しろって言うの?」
「バーバラ、やめなよ……彼女たちだって大変なんだから……」隣のふくよかな女性がなだめる。
周囲から、ざわめきが低く広がっていく。
「私、給料はない」アスタリアが口を開くより先に、リリーが――初めて声を発した。
場の空気がすっと冷えた気がした。
(え、リリー? リリーの声、初めて聞いた……)
すかさず、アスタリアが続ける。
「私も無給ですよ。自主的にやってるんです。あなたにはできないんですか? 私はここの者ですらないんですよ。
――で、どこの家の子が行方不明になったんです?」
「私の子よ。それに、隣にいるこのジェニーの子は一ヶ月前から行方不明のまま。彼女がどれだけ辛い思いをしてるかわかる? 毎日、知らせを待ち続けてるのよ。その気持ち、あなたにわかる? そんな軽々しく――」
アスタリアはきっぱり言い返す。
「トンチンカンな答えだ。
あなたの子供の件は簡単な話よ。あなたの子供は葡萄園の親戚のところに行ってるだけ。行方不明じゃありません。」
「えっ……?」バーバラは図星を突かれたように目を見開いたまま、言葉を失い固まる。
ガーネットの目は禿鷲さながら、人間の何倍もの視力を誇る、いわば空飛ぶ監視カメラだ。実際、周辺の道――外への道も、フラマリスへと続く道も、まとめて撮影済みだった。
異常なし。――真実は、既にレンズの中にあった。




