第48話 ☃
ルビーの生活リズムに合わせて、アスタリアは部屋に戻って少し眠った後、
まだ世界が目覚めぬ濃い闇に支配された夜明け前、ルビーと一緒に城の西側の平面図を作成する計画を始めた。
推測だが、西側の建物には領主や家令など、身分の高い者が住んでいるはずだ。
図面の提出を求めることが藪をつついて蛇を出すことになる。
城の敷地には、目立った木が一本もない。昼間に動けば、ルビーの姿を巧みに隠さなければならない。
アスタリアが城壁の上を静かに移動し、ルビーが上空から西側の建物の窓の数を把握していく。
廊下側の窓から、どの角度なら廊下を通る人物が見えるか――それさえ分かれば、昼間に少し見張るだけで、どの部屋に誰が住んでいるか推測できる。
不自然な場所をすぐに見つけた。――西側の一階に、外側が完全な壁で囲まれた窓がある。
一階というのは、いい部屋ではない。通常、一階は倉庫や武器庫、使用人の居住区、衛兵の部屋――そういう場所であることが多い。
しかも西側。――何かを隠しているように見える。
地下室を探すなら、その部屋は1階。地下室への入り口があるとすれば、一番ありそうな場所だ。
東の地平線を見れば、すでに日の出の時刻がじわじわと迫っている。
その小部屋は、窓が少し開いており、カーテンだけが引かれていた。
少し先にいたルビーが、カーテンと窓の隙間に潜り込むと、
すぐにメッセージが返ってきた――
『人がいる!子供じゃない』
『撤退して、ルビー。守衛の部屋かもしれない。明るくなってからもう一度覗こう。』
『生気がない』
空の端がほのかに深い青に染まり始めた頃だった。
その瞬間、真相へ引き寄せられる鼓動が、撤退の二文字を塗り替えた。
アスタリアは壁を乗り越える。自ら「禁区」に潜入した。
既に中に潜り込んでいたルビーの協力を得て、金属線を使って窓を開けた。わずかにカチャリと音がした。
窓に手をかけ、カーテンの隙間から覗き込む。
そこにいたのは――年老いた女性。
だが、それ以上に異様だった。病に侵されていることが一目でわかる。
それがルビーが『生気がない』と言った理由なのか。
(これって……冤罪……?こんな所に閉じ込められてるのは変じゃない。
話を聞いてみよう。地下室のことも、何か聞けるかも。
厩舎長に「地下室」とか聞けるわけもないし。)
アスタリアはその人物のそばまで歩み寄り、医者モードで診断を始める。
……ハンセン病のような症状。筋肉の萎縮。他にも病があるかどうかは、断定できない。
(あまり礼儀正しいとは言えないけれど、時間がない。夜明け前に撤退しなければ。)
「すみません。大丈夫ですか?」
老婦人は、はっと目を見開いた。けれど、その視線を向けたまま、声だけが抜け落ちる。
身体はすでに固まっていた。
声も出せないのかと思ったその時、
かすれた、絞り出すような声が漏れた。
「……あなたは誰?どうしてここに?」
「新入りの馬番です。あなたは病気で身体が動かないため、ここに閉じ込められているのですか?」
アスタリアはすらすらと答えた。
「厩舎か……」
老婦人の顔に、かすかな温かみが浮かんだ。
「……彼女が、あなたにここへ来るよう頼んだの?」
「……あ、そうなんです。」
そして、アスタリアの表情は真剣になり、ソーシャルワーカーと化して言い始めた。
「誰かにいじめられてますか?どうしてこんなところに?」
「私はもう長くない……」
「こうなったのは、いつからですか?」
「このまま、10年になる……」
二つの選択肢がアスタリアの脳裏をよぎった。
→大人の対応 「そうなんですね……」
→ストレートな本音 「この状態のまま10年も経っている、それでも『もう長くない』ってことですか?」
「この状態のまま10年も経っている、それでも『もう長くない』ってことですか?」
「このままかもしれない……死にたくても死ねない」
老婦人は首をだらりと傾けて、アスタリアのピンク色の髪と体格を見て、手を上げて額を覆い、深くため息をついた。
やがて、ぽつりと呟いた。
「……あなたの若さが、羨ましい……」
「……若い頃、時間を何かと引き換えにしたんですか?」
(あぁ――今の言い方、まるで悪魔と契約して何かを差し出したみたいな……)
「ただ空虚だった……
……ここは禁区です。早く行きなさい。見つかれば首を刎ねられます。彼女にありがとうと伝えて」
(く、首を刎ねる?なかなか物騒な処刑方法…………)
「……もし体が治ったら、あなたは殺されるんですか?」
「……ど、どういう意味?」
老婦人は再びアスタリアを見る。その目に異変が走った。
「…………」
しばらくの沈黙の後、老婦人は口を開いた。
「もう10年よ……私はもう死を恐れていない、むしろ死は救済だ」
夜明け前の湿った空気が、窓の外が壁に囲まれたせいで淀んだ空気と絡み合い、部屋へと沈み込んでいる。
アスタリアは、大きく息を吐き出した。そして、まるで不動産屋のような口調で説明を始めた。
「この部屋、景色が最悪ね。窓も小さいし、見えるのは塀だけ。上の階なら、パッチワークみたいな農地が見渡せるのに。あの望楼からならもっといい景色が見えるかな。」
「若い頃、何度も見た……チェス盤のように……」
「え、もっと高いところから見るとチェス盤のように見えるんですか?私は丘から見るとパッチワークみたいに見えるけど。」
老婦人は答えなかった。
「あなたの病気を治してあげます。この城の隠し通路や地下室について教えてくれますか?」
「……そんなもの、知らない」
(この人が動けるようになると、何かを漏らして、私の捜査に影響するかもしれない……)
「――少しだけ、目を閉じてもらえますか。
あなたの病気と皮膚の病変を、治療します。」
「これ、『醜いもの』ってこと?」
「そう言われたことがあるんですか?」
老婦人は目を閉じた。しかし、治療を信じているようには見えなかった。
まだ探偵気分のアスタリアは、今度は医療システムを評論するような口調で言い始めた。
「10年間寝たきりの患者に床擦れがないなんて……介護業界に腕のいい人材がいるものですね。」
同時に、手をかざして治癒の魔法を発動する。柔らかな金色の光が老婦人の体を包む。
その光の中、老婦人の目尻から、かすかに一粒の水滴が滑り落ちる。
かすれた声で、独り言のように「私はもう未来がない……」とこぼした。
その時、窓の外の光もいつしか変わっていた。空の際が白み始め、日の出が近づいている。
(もう夜明けだ、すぐに行かないと。
彼女はまだ、身体が回復したことに気づいていないだろう。下半身が動かないから、なおさらだ。)
(魔法でこの老婦人の病気を治した。10年間放置されていた筋萎縮は、わざと残した。
隠し通路や地下室を教えてくれたら、すべてが解決した後に……その筋萎縮も治してあげる……)
「皮膚の病も、体の異常も、もう治っています。
でも動けないのは筋肉萎縮のせいです。それから、長い時間をかけて身体を動かす練習を続ければ、筋肉が戻り、歩けるようになります。あなた自身の意思と、支えてきた人の力にかかっています。」
「じゃ、もう行くよ。
病気が治ったら、介護業界の腕のいい人材には、残業代をちゃんと払ってあげてくださいね。」
老婦人はゆっくりと目を開けた。
窓辺を離れようとしたアスタリアは、さらに続けた。
「だから、誰にも私が来たことを話さないと約束してください。
それで……城の隠し通路とか地下室について、何か知りませんか?
……それと、あなたは誰ですか?」
「……誰にも言わない。隠し通路のことは、知らない……
私は……この城の、かつての領主夫人だ」




